第12話

 再開発計画は少なくとも向こう5年はかかる大プロジェクトだ。地方の一都市にこれだけの規模のものが立ち上がること自体が珍しい。私は資料を読み通しながら、これまでの経緯を頭に入れようと躍起になっている。

 それにしても支店長の滝藤が作った資料は精緻を極めている。地元の人間ではないはずだが、いたる所から情報を集め再開発のコンセプトに集約させている。しかしその中で私は気になることを一つ見つける。例の神社の記載だけが他に比べると極端に少ない。敢えて調査しなかったのか。それとも一連の障りから記載を削除したのか。

「藤川くん、これどう云うことだろう?」

 私は藤川に自分の疑問をぶつけてみる。

「そうですね。この資料は僕もほとんど見ていませんから」

「見てない?所内共有じゃないのか?」

「ええ、支店長があまり見せたがらなかったんです」

「何故?」

「う~ん、今から考えるとやっぱり一連の事件があったせいですかね。支店長は自分のせいだと考えてたみたいですから」

「自分のせい?何かやったのか?」

「支店長は歴史を調べるのが趣味でした。私が聞いたのは『こんなのは初めてだ』と云う支店長の言葉です。私はてっきり別の話をしてるのかと思ってました。よくあるんですよ。急に休みを取って姿くらませたり」

 なるほど。どうりで社員が動けるわけだ。しかし病室での滝藤は働きづめのなれの果ての姿だった。

「それがどうかしたのか?」

「結果的にはアルバイトや社員が連続して辞めたことで支店長は途端に忙しくなりました。でもそれでも支店長は調査を続けていたようです。その中で何かを見つけてしまったのかと」

 何だか下手なテレビドラマみたいな流れだ。これで死人でも出たらそれこそ本物になる。マスコミも挙って取り上げるだろう。

 ん?まさかその為に?私の脳裏に安川室長の顔が思い浮かぶ。

「改めてなんだけどさ、辞めていった人間とはまだ連絡は取れるのか?」

 私は聞く。

「ええ、一応」

「何か変わったことは?」

「無いと思いますけどね。皆んな最後は少しノイローゼになってましたしね」

 藤川。

「会ってみたいな」

 私は言う。「誰か話せそうな人は?」

 すると藤川が漆原の方を見る。漆原は少し考える格好をしてから

「私が連絡してみましょうか?」

 さらりと言う。

「うん、頼むよ。やっぱり気になるんだ。これ以上変なことが続いたら仕事にも差し障るからさ」

 私は二人に向かって言う。二人は揃って頷く。

「支店長も同じ事言ってました」


「ミイラ取りがミイラになられたら、皆んなも困るって事じゃないの」

 今日あったことを話すと妻はそう応えた。

「俺はただ調べておきたいだけだよ。仕事に関わる最低限のこと」

 私は抗弁する。

「それとも地元意識なのかしら?」

「彼らがか?全く知らない仲でもないんだぜ」

「地元の人間にはそれなりのこだわり、思いってあるでしょう」

 私は彼女の言う意味がいま一つ分からない。妻は続ける。

「とにかく今は変な事が起きてないならそれが一番。その人たちだって普通に仕事したいはずだから」

「それはそうだな」

 確かに彼らの立場に立てばその通りだ。事実一緒に働いていた仲間が何人も辞めている。そうか、今はむしろ彼らのサポートを優先すべきなのかも知れない。

「分かった。まずは社員の安全優先で行こう。俺はあくまで中継ぎなんだからな」

「そうね、その方が良いわ。やっぱり生きてる人間が一番大切よ」


お仕事大変そうですね。お話だけ聞いていると何かミステリーでも聞かされているみたいです。

「HK」さん。

全くです。現場に居ても雲を掴むような感じですから。ただ普段の仕事を続ける限りでは今のところ何も起こってはいませんが。

 私は正直なところを書く。

私は門外漢なのでよく分かりませんが、いろんな職場でいろんな種類のミステリーってあるのかも知れませんね。場合によってはホラーすらも。

 私はそこに「HK」の女性らしい(?)感性を見る。

人間には知りたいと云う欲望があります。所謂好奇心です。私は知りたいことは知るべきだと思います。ただその為に優先順位を間違えてしまうことがある。それだけは避けたいと思います。

 私はそれだけを書き込んで早々にコメントを終わる。最後まで「蝙蝠男」からのアクセスはなかった。


 人間の生き方は往々にしてブレる。特に今回のようなケースなら尚更だ。それでも社員たちは予想外に落ち着いている。何か事情を知っている風でもあり、逆に敢えて見ないようにしている感もある。私としては気になるところだが、今は妻の言う通り仕事と皆の安全が優先だと思い直す。

 私が友永と云う同世代の男と会ったのは平日の割とヒマな午後。相手は意外なくらいににこやかに漆原たちと話をしている。

「やっぱりさ、ここに来ると落ち着くな」

「トモさん、今は何の仕事してるの?」

「運送屋だよ。知り合いの伝手でな。こことおんなじで給料は安いが、人にあまり気を使わずに済む」

「ええ?トモさん、気をつかうことなんてあったんですか?」

 藤川がパソコンで照明プランを作りなから言う。私は早速用件を切り出す。

「友永さん、個人的見解で構いません。今回の一連の騒ぎをどう思われますか?」

 すると友永は私を一瞬見てから、そしてまた視線を外す。

「いやまあ、私もこんな事は初めてでしたけどね、何事もひき時が肝心だということだと思いますよ」

「ひき時?でもプロジェクトはこれからも続くんですよ」

「ええ、それはもう」

 友永は曖昧に応える。何だ、どう云うことだ?

「私たちは自分で幕を引くわけにはいきません。受けた仕事を一つ一つこなしていくしかないんです」

「それで良いと思いますよ。私もそう思ってやってきたんですから」

「それじゃ、どうして友永さんはここを辞められたんですか?」

「だからひき時ですよ。私はまる15年ここで働きましたからね、むしろ長いくらいだと思いますよ」

「…今回のことは無関係だと?」

「そうは言いませんが、あくまできっかけですよ」

 友永は苦笑する。「だから今でも辞めない人間はいます。ちなみにあなたは私から何を聞き出したんです?」

 私は逆に問い返される。

「いや、当時の状況を確認しておきたいだけですよ。これからだってまた起こらないとは限らない」

「それは以前お知らせしてるはずなんですけどね。助っ人もお願いしたんですが、その時はどうもお断りされた」

「いや、こちらから断られたんですよ。私の体調が思わしくなかったんで」

「支店長ですね。我々には何も」

 友永はじっと私を見ている。「仕方ないですよ。もう済んだことです」

「怖くないんですか?」

 私は問う。「そう簡単に吹っ切れるものなんですか?」

「そりゃあ自分でも分からないですよ。だから残ってる連中が心配にもなる。まあ今のところ大丈夫そうだけどね」

「…」

「あなたの気持ちも分かりますけど、あとは警察に任せておいた方が良いですよ。今回の支店長の件は多分特別です。早々めったな事は起きませんよ」

 私は友永のその言葉を聞いて、何故か憤然たる思いが自分の中に湧き起こるのを感じる。

「君たちは寝言を言っているのか?」

「は?」

「だから、君たちは寝言を言っているのかと聞いてるんだ!」

 自然と声が大きくなる。

「ちょっと河野さん」

 漆原が席を立ちかける。

「私はあくまで仕事の範疇で話をさせてもらっている。それ以上でもそれ以下でもない。理解していただけないなら話はこれで終わりだ。友永さん、所詮アンタは尻尾を巻いて途中で仕事を投げ出したと云うわけだな。だったら格好をつけるのはやめたまえ。虫唾が走る」

「何?」

 友永も思わず私を睨む。

「そうだろう。実際本社にヘルプを出しておきながら今になって『何ごともない』だと?ふざけるな。君たちは遊びでこの仕事をやってるのか。もういい、あんたは帰ってくれ」

 私は友永に退場を要請する。

「河野さん、それはあんまりじゃないですか。せっかく来てもらったんですよ」

 漆原が言う。

「じゃあ、私の事はどうなんだ。君たちは私を呼びつけておいて、その態度は何だ。人を馬鹿にするのもいい加減にしろ」

 私は尚更激昂して応える。その様子を藤川が黙ってみている。

「おい、どうだ。おかしいと思わないかね」

「…」

 室内にこれ以上ないくらいの不穏な空気が漂う。

「私だって仕事をしに此処に来た。妙な曰く話に付き合うつもりはハナから無いんだ」

 私はそれだけを言うとその場を離れる。

 全く冗談じゃない。こんなところで自分がブチ切れるとは考えてもみなかった。しかし自分の中にかねてから渦巻いていた疑念らしきものが、一気に噴き出すのを止めようとは思わなかった。そして私は心に決める。もう一切この地域で起きている不穏なものとは関わらないと。全く、冗談じゃない。

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