第1話 ゲームスタート


 ゲームをプレイしていたら、いつの間にか赤子に転生してた件。


 そんな、あまりにも荒唐無稽すぎる出来事に見舞われた彼に、新しい両親から付けられた名前。


 奇しくもそれは、前世でアンリミテッドをプレイする時に使用していたハンドルネーム――『ラエル』であった。


 ラエルというハンドルネームには、彼自身は特に意味を込めていない。


 単なる気まぐれ――ふと頭に浮かんだ『REAL現実』という単語のEとAを入れ替えただけの、シンプルなアナグラムである。


 こちらの世界の両親が、どんな想いを込めてそう名付けたのかは分からない。


 何故なら、ラエルにはまだこの世界の言葉を理解することができていないからだ。


 ただ、この世界の両親が自分のことを見て「ラエル」と口にすることが多いので、それを自分の名前だと認識していた。


(まさか、適当に決めたハンドルネームが本名になるなんてな。ふざけやがって)


 ろくに体を動かせない地獄のような赤ん坊生活を過ごし、ようやく首が据わった頃。


 赤子の基本能力スキルであるハイハイを習得したラエルは、床の上を縦横無尽に這い回りながら思考にふける。


(というか、これってつまり……異世界転生……だよな。たぶん)


 彼はラノベやアニメといったサブカルチャーにもどっぷり浸かってきたゲーマーだからこそ、状況を整理するのは早かった。


 トラックに轢かれたわけではないが、それ以外の展開はおおむね異世界転生もののテンプレに沿っていると言って良い。


 それでも、実際に体験してみると色々な感情が去来してくる。それらが一通り過ぎ去った後、彼の中に残ったものは――


(……暇すぎる)


 退屈であった。現時点では触れる娯楽が何もないのだから当然である。


 ゲームという現代最高峰の娯楽に触れ続けてきたゲーマーが、俗に言う中世ヨーロッパ風の世界で退屈を感じずに過ごすことなど不可能なのだ。


 それに今のところ、両親が派手に魔法を使うといった異世界あるあるの面白イベントも発生していない。


(あー、ゲームやりてー。ゲームないのかよ! この際……チェスとか将棋とか……そういう感じのアナログなボードゲームでもいい!)


 現実離れした事態に巻き込まれた高揚感と、このままでは一生コンピューターゲームに触れることができないかもしれないという絶望感。彼の中で相反する二つの感情がせめぎ合い、絶望の方が勝ち始めていた。


(暇すぎてハイハイも完全に極めたわ。スキルレベルマックスだろこれ。となると、次は異世界言語スキルの習得か? 面倒だなー。勉強は嫌いなんだが)


 あまりにも退屈な日々。だが、そんな彼にも楽しみは存在する。


 唯一にして最大の娯楽。それは。


「ラエルちゃーん、ノエルちゃーん、そろそろおっぱい飲むー?」


 超異世界級美人な母親からの授乳タイム。


 ――ではない。


(あ? なんか呼ばれてるわ……こわ)


 異世界言語スキルを習得していないラエルにとって、意味の分からない言語を話す美形の母親は、どちらかといえば恐怖の対象である。何を考えているのか分かったものではなかった。


「えうえう!」


 そんな彼をよそに、近くでハイハイしていたもう一つの影が飛び出し、母親の元へ駆け寄る。


(……ハイハイに関しては、俺よりコイツの方が上か)


 ラエルはその姿を見て思った。


「はいはい、ラエルちゃんは元気ねー」


 母は笑いながら、彼女自身と同じ金髪の赤ん坊を抱きあげる。


「あうっ!」


「……あ、こっちはノエルちゃんか。ごめんねー」


「うー!」


 彼にとっての最大の娯楽。それは、同時に生まれた双子の妹――『ノエル』の存在である。


(こいつ……絶対におかしいよな)


 ノエルは普通の赤ん坊とは明らかに違った。


 まず、赤ん坊にしては不気味なくらい泣かないし、ハイハイの動きも機敏だ。この特徴はラエル自身にも当てはまることだったが、だからこそ異常なのである。


 明らかに、人生一週目の赤子ではない。


(得体の知れない奴だ……)


 ラエルにとっては、そんな謎多き妹の行動を観察することが、唯一と言っていい楽しみだった。


 両親が死んで以来、引きこもりになってしまった妹とあまり仲良くやれなかった前世の心残りがある以上、ノエルとはそれなりに良い関係を築きたい。


 だが、今はそれよりも先にするべきことがあった。


(――正体を探ってやる)


 授乳の時間、ラエルは抱きかかえられた妹の様子をじっと伺う。


 ちゅぱちゅぱと小さな音を立てながら母乳を飲み、たまに口を離してぷはっと息を吐くノエル。


「んふー!」


 おまけに時々、勝ち誇ったような表情でこちらのことを見下してくる。恍惚としたその表情は、赤子にしてはどこか変態的であった。


(ケンカ売ってんな)


 ――自身を凌駕するハイハイスキルと、生まれ持った天性の煽りスキル。人の神経を逆なでする立ち振る舞い。


 ラエルは妹の目をじっと見つめ、意を決して呟く。


「おまえ、ノワールだろ」


 日本語で、はっきりと。


「え?」


 何か言葉のようなものを話した息子の姿を、不思議そうに見つめる母。


 その瞬間――


「ごぼっ!?」


「きゃっ! ノエルちゃんっ!?」


 ノエルは盛大に母乳を吹き出す。


「やっぱりな」


「うぁ……?」


 彼女は驚愕と動揺に満ちた表情でラエルのことを見つめるのだった。

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ゲーマーズ・クロニクル~双子の天才ゲーマーは、戦闘遊戯【バトルゲーム】で無双して異世界を救うようです~ おさない @noragame1118

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