ゲーマーズ・クロニクル~双子の天才ゲーマーは、戦闘遊戯【バトルゲーム】で無双して異世界を救うようです~

おさない

プロローグ


 ゲームなど所詮は遊びである。いくらゲームをプレイしたところで現実リアル能力ステータスが向上するわけではないし、レベルだって上がらない。現実でレベルアップしたければ、真面目に現実と向き合うしかないのだ。


 それが、ジャンルを問わず数多くのゲームをプレイし、そして極めてきた彼が導き出した結論であった。


 しかし、それで良いと彼は考える。ゲームは楽しいからこそやるものだ。大して役にも立たない遊びに本気を出せる奴らは素晴らしい。最高だ。


 薄暗い部屋の中、大好きなゲームに没頭する彼の心はこの上なく満たされている。


 彼は数年前、突然の事故で両親を失い、それなりの遺産を手にした。


 食うに困らず、誰にも干渉されず、ただひたすらにゲームに没頭する日々。ゲームこそが残された彼の生きがいであり、救いだった。


 もっとも、その遺産もあと数年も経てば底を尽きてしまうが、その時はその時だ。


 そんな彼には、近頃熱中しているゲームがある。その名も『アンリミテッド』。三対三で対戦を行うバトルアクションゲームだ。


 六つの使用魔法スペルを選択し、試合が始まったら制限時間内に相手をより多く撃破してポイントを獲得したチームの勝利である。


 シンプル極まりないルールだが、その奥深さは底知れない。


 キャラクターのコントロールやスペルの構築、クールダウン管理、味方との連携――全ての要素が完璧に噛み合った時の快感は筆舌に尽くし難い。脳汁が出るとはあの瞬間のことを指すのだろう。


 だが、彼がこのゲームにハマっている最大の理由は別にあった。


 毎回プレイヤーランキングの一位と二位を争う相手――好敵手の存在である。


 奴のハンドルネームは『NOIR』。


 彼と同じく、時にはチームを組まずに三キャラを同時操作することもある狂気のプレイヤーである。


 システムの理解度、反射神経、判断力、敵の行動の予測精度、戦略と戦術――全てにおいて他プレイヤーとは次元が違う。


 ほぼ全てのゲームで容易に頂点まで上り詰めてしまう彼にとって、全力でぶつかり合える相手はこの上なく得難い存在であった。


 二人の間に言葉は必要ない。


 モニター越しに互いのプレイヤーとしてのスキルを衝突させるだけで分かり合える。


『NOIR:おい今日もやるぞ』


 ――といっても、普通にゲーム内のチャット機能を使って会話はしているが。


『RAEL:お前ずっとこのゲームやってるな』


 彼は苦笑しながらキーボードを叩く。


『NOIR:それはお互い様』


 返事は即座に飛んで来た。


『NOIR:いそげ』

『NOIR:はやく準備しろ』

『NOIR:はやくはやくはやくはやく』


 あまりにもせっかちである。こんな奴が、どうして試合になると数手先の未来が見えているかのような攻撃を仕掛けてくるのか不思議でならなかった。


 ――せっかちだからか。


 彼は苦笑した。


『RAEL:こえーよ。大人しく待ってろ』


 送信すると、今度はぴたりとメッセージが止む。


『RAEL:いきなり黙るのも怖いんだが』


『NOIR:どうしろと』


『RAEL:普通のペースでチャットしろ』

『RAEL:コミュニケーションの基本だろ』


『NOIR:無理を言うな』


 そうして、二人のゲーマーは今日も頂点を賭けた死闘を始める。


 彼らの試合内容はいつも拮抗していた。


 夕方に始まった対戦は朝日が差し込むまで続き、勝敗は五分五分。両者一歩も譲らない。


『NOIR:ねむい』


 やがて、彼のチャットに短いメッセージが届く。


『RAEL:今やめたら俺の方が一勝多いよな?』

『RAEL:俺の勝ちってことで』


 彼はニヤリと笑いながら返信した。


『NOIR:今の試合はおれが勝った。だからおれの勝ち』


『RAEL:所詮は負け犬の遠吠え』

『RAEL:わんわんU^ェ^U』


『NOIR:うるさい』


 その時、隣の部屋から壁を叩かれる音がした。今日は一緒に住んでいる隣人が荒れているようだ。


『RAEL:おまえ家族とかいるの?一人暮らし?』


 ふと疑問に思った彼は、初めて世間話を持ち掛ける。


『NOIR:だまれ』

『NOIR:そういうの聞くなら自分から話せ』


 無駄に煽ったせいで完全にキレていた。


『RAEL:妹がいる』


 仕方なく、彼はそう送った。


『RAEL:もうずっと会話してないけど』


『NOIR:ちゃんと話してやれ ばか』


 その後に、意外な言葉が続く。


『NOIR:おれは兄貴がいる』

『NOIR:しばらく会話してないけど』


 どうやら、立場は違えど同じような境遇らしい。


『RAEL:そっちこそ兄貴と話してやれよ。仲悪いの?』


『NOIR:話題がない。何してるか分からん』


『RAEL:コミュ障は辛いな。お互い』


『NOIR:一緒にするな』


 リアルの人間関係を完全に捨てていた。やはりゲーマーとは皆こうなのだろうか。その兄貴とやらはさぞ心配していることだろう。


 彼がぼんやりとそんなことを考えていると、再びメッセージが届く。


『NOIR:あと一試合やったら話してみる。兄貴と』


 結局、もう少しゲームを続けるつもりのようだ。


『NOIR:お前に勝って兄貴も倒す』

『NOIR:勝ち逃げは許さん』


『RAEL:兄貴は倒すな』


 あまりにも早すぎるその決断に、彼も背中を押されたような気がした。


『RAEL:俺も妹と話してみるよ』

『RAEL:たぶんウザがられると思うけど』


『NOIR:ふーん』

『NOIR:健闘を祈る』


 そっけない返事の後に、そんな言葉が続く。


『RAEL:お互いな』


『NOIR:でもその前にぶっ潰す』


『RAEL:お前をな』


『NOIR:ママのおっぱいでも吸ってろ雑魚』


 しかし結局、彼らが再び家族と言葉を交わすことはなかった。


 ゲームを始めようとしたその瞬間――突如として画面が真っ暗になり、謎のメッセージウインドウが浮かび上がったのだ。


【おめでとうございます! あなたは選ばれました!】


 まるで詐欺広告のようなその文言の意味を理解する前に、彼は眩い光に包まれ、意識を失うのだった。


 *


「おんぎゃあああああああっ!?」


 次に意識を取り戻した時、彼は赤子として産声を上げていた。


「おめでとうございます! 元気な男の子と女の子ですよ!」


 取り上げた産婆が、母親に対して祝福の言葉を口にする。

 

「おんぎゃああああああっ!」


 彼のすぐ隣では、もう一人の赤子が同じように泣き叫んでいた。


「えうぅ……ぁ、あぁ?」


 彼には何が起こったのかまるで理解できない。訳もわからず動揺している間に、再び意識はゆっくりと薄れていくのだった。

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