第9話 辺境都市の道具屋

ユング商店の小間使いに案内されたのは、職人街の中でも上質な品を扱う少し格式の高いエリアだった。

ここは、平民や一般冒険者ではなく、主に貴族や高ランク冒険者を相手に日用品や武具を製作する職人たちの店が軒を連ねている。要するに、腕も良ければ価格も張る、庶民にとっては憧れの道具屋が集まる場所である。


そんな洗練された空間に馬車はゆっくりと入っていく。ラニの中のもう一人の意識―“私”が外を見るたびに『南部鉄器』などと言って興奮しているのだが、それをラニが口に出したところで、傍らの眷属達―リビングアーマーや夢魔が意味を理解するはずもない。


店々のディスプレイはどれも凝っており、道具屋でありながら美術館さながらの華やかさを感じさせる。そんな中、“私”はまたも『あのブランドみたいな極上のトースターとかないかな?』と、半ば妄想のような願望を思い描いている。そうこうしているうちに馬車は目的の店へとたどり着いた。


馬車を降りる際、ラニは先ほどの反省をもとに髪や翼だけでなく、顔にも認識を曖昧にする魔法をかけた。

買い物をするたびに容姿に注目されるのが煩わしかったからだ。


小間使いは先に入店しており、間もなくラニたちのもとへ戻ってきた。

「話は通しておきました。不備はないと思いますが、何かございましたらユング商店が責任を持って対処させて頂きます」

と、丁寧に頭を下げると、再び店へと引き返そうとした。


ラニはその背を止め、手間賃をそっと握らせる。小間使いはしばし掌を見つめた後、深く、そして長く頭を下げてから去っていった。まだラニの中で金銭感覚が定まっていないため、やや多く渡してしまったようだ。


その後、案内人の女性に導かれたのは店の奥にある応接室のような空間。貴族相手に商売をする以上、このような応接室も必要なのだろう。装飾の施された実用性の薄い剣などが、まるで美術品のように壁を飾っていた。


紅茶が出されたが、ラニが口をつける間もなく、店主らしき人物が姿を現す。

直前まで火事場にいたのか、汗をぬぐいながら現れたその男は、逞しい腕に火焼けした赤ら顔。やや太めの中肉中背で、いかにも職人然とした風貌をしていた。年の頃は三十代だろうか。


彼の名はアゾット。一礼をしながら自己紹介を済ませると、ラニたちにも名乗るよう促してきた。

もちろんラニは「自分は魔王である」とは名乗らなかった。代わりに夢魔の爺やが代表としてやり取りを引き受ける。


事前に小間使いから守秘義務の話を聞いていたようで、アゾットは早くも本題へと入る構えだった。


「では、スリープ」


爺やの魔法により、アゾットの意識は一時的にラニの夢へと引き込まれる。


「突然で驚いておろうが、ここは妾の夢の世界である。無礼を許してくれ。こうでもしなければこの世にない代物を作ってもらうなど不可能であるからな。事が終わればこの魔法は解けるので安心して欲しい」


夢の中でラニがアゾットに見せたのは、小型の蒸留器だった。

そう、これはエールを蒸留してウイスキーを作るための装置である。

勿論、出典は“私”の記憶から。


三年熟成程度であれば、ラニの魔力をもってすれば魔法でギリギリ補える。魔法は、物体の時間を止めることは容易いが、進めるとなれば膨大な量を必要とする。


アゾットは最初こそ夢の中にいることに戸惑っていたが、やがて装置に対する興味が勝り、触れ、覗き込み、頭の中で構造を組み立て始めた。その姿はまさに職人のそれだった。


しばらくして納得したように頷いた彼を見て、爺やが魔法を解いた。

目覚めたアゾットは「何に使うかはわからんが、あんな装置は見たこともない」と興奮しながら語った。


「医療に使う」とだけ返したラニの言葉に、アゾットは素直に頷く。強い酒は消毒にも使える――それは嘘ではない。


装置が小型だったこともあり、納期はひと月後とのこと。ラニはこれに乗じて、蒸留機と似た構造を持つアロマオイル精製器の製作も追加で依頼した。


さすがのアゾットもその依頼には若干表情を引きつらせたが、ラニがはずんだ手付金を見て態度を立て直す。

一月後の再来店を約束し、ラニたちは店を後にした。

蒸留器と精製器の完成が、今から楽しみでならなかった。



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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

明日は「第10話 魔王様クッキング」です。


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