第8話 ボタニカル国家始動
ある朝、ラニは爺やとガイルを呼び出した――とは言うものの、ガイルは常に付き従っているのだが。
ともあれ、その三人でとある会議をしていた。
「と、言うわけで妾はボタニカル国家が作りたい。意見を。言うた通り気負わず何でも思ったことを言って欲しい」
謁見室に響くラニの言葉に、重厚な鎧をまとったガイルが即座に応じた。
「では僭越ながら。国家と言うからにはまずは人口からではないでしょうか?城を維持するにも自給自足にも、まずは働き手が圧倒的に不足していると我は考えます」
「確かにガイルの言う通りじゃ。高い能力値を考えないのであれば妾のスキルで眷属は増やせるが、それも限界があろうな。だからといって他所から連れて来ようにも、城の外の除染も終わっとらんゆえそれも厳しかろう」
ラニが腕を組んで思案に沈むと、すかさず爺や――夢魔のセバスチャンが口を開いた。
「では爺やめに一つ提案がございます。私たちの住まうこの森の南側に位置する樹海の奥に活火山がございます。その火山の火口には古龍が。山のふもとにはドラゴニュートの住まう町がございます。まずはその者たちに協力を仰いでみてはいかがでしょうか?アカシックレコードには、ドラゴニュートは聖属性の力を行使できるとあります」
「古龍か…。不興を買えば妾なぞ一瞬で消し炭だぞ?どう交渉する?」
「火山に住む古龍殿は無類の酒好きで、酒に関する逸話も多ございます。極上の酒をお持ちすれば、交渉の席についてくれるやもしれませぬ」
「ふむ。酒か…。それも極上の酒。当てがないわけでもないが…」
ふうむと顎に手を当てるラニ。そして、パンと手を叩き方針をまとめた。
「まずは“水、食料、労働力”の三本を整えるため、最優先で瘴気の除染を行う。そのために必要な“酒”を作るぞ」
かくして、ラニたちは前回セバスチャンが紅茶を買い求めた人族の街、辺境都市ヴィーガルへとやってきた。
この都市は瘴気の森(魔王城)の東側に位置し、南方の樹海からもたらされる魔物資源によって栄えている城塞都市。かつては魔王軍の侵攻に対抗する最初の防衛線として築かれた歴史を持つ。
街並みは一言でいえば「雑多」そのものだった。
“私”の記憶に照らすなら、まるでアジアの屋台街。厳つい冒険者たちが行き交い、荷車には魔物の死体が山積みにされ、人々をかき分けて駆ける馬車、時折それが馬ではない何かに引かれていることもある。路肩からは屋台の香ばしい匂いが漂い、しゃがれた呼び込みの声が響き渡る。
そんな喧騒のなかでも、フードで顔を隠し、身長二メートルを超えるフルプレートアーマーのガイルが傍に控えるラニは誰からも声をかけられることなく進むことができた。
やがて雑多な大通りを抜け、落ち着いた空気の流れる貴族街へと足を踏み入れる。ここには屋台はなく、高級な飲食店や宿屋、洗練された商店が並んでいる。
目的の「ユング商店」は、この貴族街でもひときわ大きな建物であった。前回、セバスチャンが紅茶や飴を購入した老舗である。
カランコロンカラーン
扉のベルが鳴ると、店員はすぐにセバスチャンの姿を見つけ、慌てて飛び出してきた。
「これはこれはセバスチャン様。本日はどのようなご用向きでございますか?」
どうやら爺やは、すでに太客として顔が利いているようだ。
「今日は主が領民に配る適当な酒を。あと優秀な道具屋を紹介してほしいのです」
「お酒ですね?葡萄酒とエールではどちらが?」
「エールを十樽ほど。質はある程度良いもので」
「畏まりました。道具屋はそこの小間使いに紹介状を持たせ、腕の良い職人を案内させましょう。おや、お嬢様も……」
フードを外したラニを見て、店員は目を丸くしたまま、まるで時が止まったかのように放心した。
それもそのはず、髪の色や翼を隠しても尚、ラニの放つ美は覆い隠せるものではない。
淡雪のように透き通る肌は白磁の器のように冷たくも柔らかな
「……っ」
店員は言葉を紡ごうと口を開いたが、喉が震えるばかりで言葉が出ない。
頭では接客を続けねばと理解しているのに、あまりにも現実離れした美しさの少女を目の当たりにして、頭が真っ白になってしまった。
ラニは小首を傾げ、不思議そうに店員を見返す。そんな何気ない仕草さえもこの世の理から浮き上がったように神秘的だった。
「……な、何か気になる品はございますか?」
店員はようやく言葉を絞り出すことができた。あまりの緊張に額にはびっしょりと汗をかいている。
ちょうど食料品の調達を考えていたラニは、ここぞとばかりに注文を始めた。
小麦、砂糖、塩、油、ドライフルーツ、ナッツ、チーズ、各種ハーブ、ニンニク、トウガラシ、そしてスパイス類。
特に砂糖と油、スパイスは大量に欲しかったため、ラニは赤く光るゴルフボールサイズの宝石を代金として差し出した。
少女の常軌を逸した美貌と、彼女が差し出した宝石のただならぬ価値を見抜いたこの店の店主が、慌てて奥から飛び出してきた。一行が上流階級の頂点に連なる存在と検討をつけたのだ。
そして彼の判断で、最上級の葡萄酒を二樽、先日と同じ高級茶葉、各種調味料、さらに大量のタオルなどの布製品が添えられた。
それでも「これほどまでの宝石を頂戴しては、かえって恐れ多い」と恐縮した彼に対し、ラニはここぞとばかりに生鮮品の提供も要求。
その日、ユング商店の市場での買い占めは見事なもので、ミルク、卵、野菜、芋、各種肉類、果物まで一通りが揃った。
こうして仕入れを終えた大量の品々を、セバスチャンがすべて収納スキルで一括して収める。
この世界では収納スキルを持つ者はそれほど珍しくはないが、これだけの量を一度に収める力となると話は別だ。
「我々が責任をもって逗留先までお運びします」と意気込んでいたカイゼル髭の店主は、口を開けたまま放心していた。
魔力量に比例する収納力。それを軽々とやってのけるセバスチャンの力量に、店主はただただ圧倒されたのであった。
店主――ユング・オットファンは、ようやく平静を取り戻すと、ドアマンよろしく扉を開け、満面の笑みでラニたちを見送った。
「これからも御贔屓に」
その言葉に、ラニは軽く頷き、ユング商店が用意したと思しき最高級の馬車に乗り、道具屋へと向かった。
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読んでくださってありがとうございます!
明日は「第9話 辺境都市の道具屋」です。
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