第10話 魔王様クッキング

ヴィーガルからの帰還は、魔王城での生活を一変させた。中でも大量の食料品を確保できたことは、これからの生活基盤を支える大きな柱となった。魔王としての身体に食事は必須ではないが、精神の安定という意味では美味なる食事に勝るものはない。


まずは城内の井戸を除染し、厨房へと足を運ぶ。そこには大きなかまどが三台、パンを焼くためのドーム状レンガ窯が一台。そして、天板に二つの火口を備えた薪ストーブ型の調理台が二台、いずれも魚焼きグリルに似たオーブン付きの構造となっている。


この日、魔王が選んだ料理はピザだった。


魔王が料理?と思うかもしれないが、“私”の記憶が持つ世界の料理は、この地のどんな料理よりも美味で、しかもアカシックレコードにも記されていない特別なもの。それを再現できるのなら、たとえ魔王であっても作らない手はない。


本当はパンを焼きたいところだが、イースト菌や酵母が手に入らない。だが魔王は諦めない。干し葡萄に水を注ぎ、日の当たる窓辺へと置く。未来の天然酵母を願い、神頼みまでしてみせる魔王の姿は、どこか微笑ましい。


さて、レンガ窯に火を入れて余熱を開始。火起こしの苦労も、魔王の魔力の前には「火よ」の一言で終わる。なんて便利な体だろうか。内側で“私”が歓喜している。


ピザ生地は小麦粉、水、塩、そしておそらくオリーブオイルと思しき香り高い黄色のオイルを使用。

すべてを混ぜて捏ね、濡れ布巾で包んで生地を休ませる。


次はソース作り。王道のトマトソースから。


“私”の記憶に照らし合わせると、この世界のトマトはとにかく大きい。林檎や梨のようなサイズ感のそれは、どれほどの太い茎に実っているのか不思議でならないほどである。それをサッと湯に潜らせて皮を剥き、細かくカットしてたっぷりのオイルと刻んだニンニクで炒め、塩で調味。その時、砂糖を少し加えるのが“私”流。酸味の角が取れてマイルドな味わいになる。

ペースト状になるまで煮詰めたら完成。


完成したトマトソースをベースに、刻んだニンニクと唐辛子を加え、さらに自家製ハーブソルトとブラックペッパーを投入し、派生のアラビアータソースも作る。

ハーブソルトを入れたのは“私”好みの味のため。


最後に作るのはマヨネーズソース。

卵黄、酢、オイル、塩、レモン果汁を用意。

酢もレモンも“私”が知っているものとは様子が違うらしいが、味は同じものであるらしい。

それらをラニの指示でガイルが混ぜる。ひたすら混ぜる。

ラニ本人はというと、ガイルが混ぜるボウルの隅からそーっと糸のようにオイルを投入し続けている。

二人の共同作業の結果、もったりと白く乳化した見事な手作りマヨネーズが完成した。


「んん~!!この口当たり、酸味、塩味、果汁の風味。完璧じゃ!」


味見をしたラニの満足そうな顔を見てガイルはニッコリである。表情はないが…。


出来立てのマヨネーズソースは少しのミルクで伸ばし、刻み玉ねぎ、摩り下ろしニンニク、自家製ハーブソルトを加え、マヨネーズソースとする。


図らずもロッソとビアンカの両方が楽しめる三種のソースが仕上がった。

それらソースを使って、定番の「マルゲリータ」、季節野菜をたっぷりと乗せた「オルトナーラ」、それから魔鶏肉とマッシュポテトを乗せた「肉ピザ」を焼く。


魔鶏肉は瘴気範囲外の樹海で獲れたもので、比較的手に入りやすいとのこと。

これは除染作業を早く進め、こちらでも食材確保を図る必要がある。


ソースと具を様々組み合わせたピザを次々と窯に放り込んで焼き上げていく。

焦げたソースの香りと、とろけるチーズの誘惑に負けそうになりながらも、焼き上がったピザは全て収納へ。魔王の亜空間収納は時間を凍結させることができるため、いつでも焼きたてを味わえる。


この日、魔王が焼き上げたピザは三十枚。いずれも“私”の記憶に基ずく直径36センチ、いわゆるLサイズのピザだった。


「しかしな…、これだけ焼いても人口が増えれば焼け石に水。農業に、専用の料理人も用意せねばならぬだろうの」


ラニの呟きが厨房に溶けて消えた。



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ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

次は「第11話 ピザパ」です。


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