第7話 ラニの目指す国家

魔王城の除染作業が一段落した頃、ラニはずっと気になっていた一室へと向かった。

それは地下室。


重く軋む扉を開け、暗い螺旋階段を一歩ずつ降りていくと、地下には無数の牢屋と、分厚い鉄の扉で仕切られた拷問部屋が二つあった。


扉の先に広がる光景は陰惨そのもの。痛みを与えるためだけの金属器具、羞恥を目的としたとしか思えぬ異形の拘束具、壁に打ち込まれた釘や血痕の跡が、過去にここで繰り返された非道な行為の痕跡を雄弁に物語っていた。


「……」


無言で立ち尽くすラニの表情が怒りに歪んだことを察したのか、傍らに控えるガイルが即座に動いた。


「二度とラニ様の目に映らぬよう、徹底的に潰してご覧に入れましょう」


その言葉通り、ガイルは自慢の腕力で金属製の拷問具を次々と押し潰し、丸め、圧縮していく。木製の器具はその場で粉砕。すべての廃材はラニの亜空間に放り込まれ、燃料や素材として再利用されることになった。


ラニは深いため息をついた。


「まったく……地下室をこんな風に使うなど、言語道断だ。前魔王の頭を割って、脳に直接叩き込みたいくらいだの。地下室というものは、温度・湿度が一定で、夏も涼しく、食材の保管や加工、熟成にうってつけの空間だというのに……」


ラニの視線が天井の吊りフックに向けられた。


「吊るすなら、食肉を吊るさぬか。私なら絶対そうする」


その瞬間、ガイルがフックをがっしりと掴む。


「おい、ガイル!ストップ! その天井のフックはそのままでよい」


ラニの声に反応し、ガイルが寸前で作業の手を止める。


「うむ、それは使う。他の器具だけ潰しておいてくれ」


しかし事態はそれだけで終わらなかった。


「……こら、砂鉄!その尖った木馬はおもちゃじゃないのじゃ!今すぐ降りぬか!」


視線を向ければ、ガーゴイルの一匹・砂鉄が木馬の上にまたがり、いかにも楽しげに揺れていた。


「雲母!?フックは雲梯ではない!怪我するからブンブンするでない!」


「煉瓦、お主まで……!フックは雲梯じゃないと言うておろうが!」


さらに、鉄の仮面の中からひょっこり現れたのは、砂岩だった。


「……お主、今そのトゲトゲの仮面の中から出てこなかったか?刺さっておらぬか?」


「ダイジブ、オレ、イシダカラ」


「そうかもしれぬが、そういう問題じゃない!」


いつの間にか入り込んでいたガーゴイルたちの暴れっぷりに、ラニは頭を抱えた。


「ここは公園じゃないのだぞ!まったく油断も隙もないのぅ……」


溜息をつきながらも、懐から飴を取り出し、彼らに振る舞った。


「ほら、この飴ちゃんをあげるから、他のところで遊んでくるのだ。そうそう、いい子だ。あんまり遠くへ行くんじゃないぞ」


ガーゴイルたちは飴を受け取り、嬉々として飛び去っていった。


その飴は、爺やが用意したもので、保存性が高くお茶にも入れられるからと多めに買っていたのだという。

後ろから不満げな声が漏れる。


「ラニ様、あやつらに少々甘くはありませんか?」


声音だけで感情を表現するリビングアーマーのガイルが、明らかに不服そうな調子で言った。


ラニは微笑を浮かべ、首を振った。


「いいのだ。妾が創造したからといって、誰も彼もが忠実な僕である必要はないと思っておる。ああして奔放に生きる存在もいてよい。いや、むしろ、そうあるべきだ」


彼女の瞳には揺るぎない意志が宿っていた。


「妾は魔王として眷属を創造しているが、眷属らには自分の幸せを最優先にしてほしいと考えておる。たとえ妾が生み出した存在でも、それぞれが自身の価値観で動き、考え、行動するべきだ」


創造には“支配”や“服従”を組み込むこともできる。事実、前魔王は眷属達にそれを組み込んでいたことも知っている。しかし、彼女はそのようなものに意味を見出してはいない。

それは、“私”の影響でもあるし、長い眠りの中、アカシックレコードから学んだ歴史を知っている彼女だからでもある。

“支配”や“服従”は長く続かない。そして、終わる時は必ず“破滅”する時なのである。


更にラニは続ける。


「中には妾の元を離れ、巣立つ者もいるだろう。それでもよい。支配や服従ではなく、共存と信頼の上に成り立つ社会を築いていきたいのだ。夢は大きく――様々な個性が共生する、自給自足のボタニカル国家。それが、妾の目指す未来だ」


その宣言に、ガイルは静かに頭を垂れた。

ラニの目指す新たな魔王の在り方は、確かに今、小さな一歩を踏み出していた。



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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

明日は「第8話ボタニカル国家始動」です。


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