降り積もる落ち葉の様に

しとえ

降り積もる落ち葉の様に

1

 言葉っていう字は言うと葉って言うけれど、確かに落ち葉のように心に降り積もっていくものなのかもしれない。


 私には仲の良い友人がいてそんな彼女が小学4年生の時に 一度不登校になってしまった。

夏休みが明けた登校日、彼女は学校に来なかった。

一体どうしちゃったんだろう……

翌日もその翌日も彼女は学校に来ない。

 少し遠回りになるけれど私は彼女の家を訪ねて一緒に学校に行くことにした。

朝いつもより ほんの少しだけ早く出る。

まだまだ日差しは強くって 急ぎ足で歩いていたら体が熱くなってくる。

彼女の家の前でちょっとためらった。

しばらく 迷っていたけれど勇気を出してチャイムを押す。

「はーい」

声がして扉が開くと彼女のお母さんが出てきた。

「あら、夏ちゃん。おはよう」

「春ちゃんのお母さん、おはようございます」

「もしかして春のこと迎えに来てくれたの?」

「うん、春ちゃんいますか?」

「ごめんね、春ちょっと体調が悪いの。せっかく迎えに来てくれたのに」

「そうなんだ…早く元気になってくれるといいな」

「ごめんね。夏ちゃんの気持ち 伝えておくから……」

春ちゃんのお母さんは、申し訳なさそうにそう言った。


翌日、昨日よりはいくらか軽い足取りで 私は彼女の家に向かった。

チャイムをしてまた お母さんが出てくる。

「おはようございます。春ちゃんと一緒に学校に行こうと思って」

だがやはり今日も彼女は出てこない。

一人寂しい気持ちで私は学校へ向かった。

その次の日もその次の日も……


だがいつも同じことだった。

彼女は出てこないでお母さんが代わりに出てくる。

もうずっと彼女の顔を見ていない。

ほんの少しでいいから顔を見せてほしい。

悲しい気持ちが少しずつ朝の挨拶とともに溜まっていった。


言葉というのは やっぱり葉っぱと似ているのかもしれない。

返事が返ってこなければ、話すたびに一つずつ落ちてゆく。

「おはよう」

彼女にそう言いたいだけなのにな……


2

 玄関のチャイムが鳴る。

夏ちゃんだ!

「おはようございます!はるちゃんいますか」

お母さんが私の代わりに玄関に出て行く。

ごめんね夏ちゃん、出て行って その顔を見てお話ししたいのに 今の私にはそれができない……

こんな顔見られたくない。

大好きな夏ちゃんだから余計に。

「夏ちゃん 帰っちゃった?」

「うん、とても心配していたわよ」

「そっか…」

私はお母さんの方を見た。

ほっぺに手を当てる。

そこには大きなガーゼが当てられていて、上から医療用テープで止められていた。

8月に親戚の家に遊びに行ったら買っている犬に飛びつかれて思いっきりガブリと噛まれたのだ。

まだ傷跡は痛いしガーゼは取れないし、何よりこの傷跡をみんなに見られるのは辛すぎる。

2学期の初めの登校日私はどうしても足がすくんで玄関から出られなかった。

外に出るのが怖い……

そしてこの噛まれた傷跡を見られるのがとても怖い。

みんなに気持ち悪がられたらどうしよう。

笑われたらどうしよう。

嫌がられたらどうしよう。

不安な気持ちばかりがどんどん渦巻いて外に出ようとするたびにお腹が痛くなる。

そして学校に行けない日は 2日〜3日、1週間とどんどん伸びていく。

毎日なつちゃんの「おはようございます」の挨拶が聞こえて、会いに行きたくて顔を見たくて仕方がないのにガーゼのついた顔を見られるのが嫌で嫌で仕方がない。

泣きたい気持ちばかりが心の中に降り積もってゆく。

やがて 10月の半ばになりガーゼを外しても大丈夫とお医者様から言われた。

それでも、鏡を見るとひどい傷跡になっていてすっかり 気が滅入ってしまった。


3

 11月になっても彼女は学校に来ない。

私は毎日彼女に手紙を書いて帰り道にポストに入れることにした。

毎日1枚ずつ、書いてはポストに入れ続ける。

日も来る日も…いつのまにか季節は12月になりついに終業式の日になった。

2学期最後の手紙をポストに入れる。

彼女に私の言葉は届いたのだろうか。

会いたいよ春ちゃん。


4

 ある時、夏ちゃんから手紙が届くようになった。

毎日毎日学校で会ったことや その日のことを書いてある。

そして最後にはいつも こう書いてあるのだ、

「早く学校に来てね春ちゃん」

その言葉に私はどれほど救われただろう。

手紙は1枚ずつ机の上に重なってゆく。

それを毎日何度も読み返した。

頬の傷は12月に入って少し赤みが薄くなってきたような気がする。

犬に噛まれた恐怖。外に出れない恐怖がほんの少しずつ薄らいでいくような気がする。会いたいな、夏ちゃん。

やがて冬休みになりまた年が明けた。

新学期の準備を始める。

明日から3学期……

私は夏ちゃんの手紙を握りしめた。


5

 冬の空は閑散と寒い。

2人の少女が通学路を歩いている。

寒さの冬はもうすぐ終わる。夏の間に生い茂った葉は秋になるとその葉を落とし、やがて腐葉土となって 春にはまた新しい木々たちの栄養としてその命を全うする。そして 新しい若葉が出てすくすくと成長してゆくのだ。

言の葉もまた、人の心に落ちてやがてその人の心を作っていく。


2人の少女の笑顔を祝福するかのように寒梅が咲いていた。

春はもう少し先……


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