父の子守唄

しとえ

父の子守唄

ねんねんころりねんころり

歌う 月夜の物語

月のうさぎは 歌います

良い子はお眠り 夢の中

ねんねんころりんねんころり

お月様は優しくて

金の毛布をかけてくれるよ

おやすみおやすみ

はるちゃんは暖かなお布団の中

おやすみおやすみねんころり

ねんねんころりねんころり


 目を閉じれば優しい子守歌 が聞こえてくる。

少し高めの男性の声で。

お父さんの子守歌だ。


 記憶の中の父はいつも気難しい顔をしていた。

しわがれた声で、私が歌うと不機嫌そうな顔をする。

記憶に残る父は歌ったりしない。

私は仏壇にそっとお線香を供えた。


 もう父が亡くなってから10年。

色々と思うことはある。

かなり気難しい性格だった父に甘やかしてもらった記憶はない。

だがそんな父とは違う姿が私の記憶の奥底にあるのだ。

若い姿で高い声で歌う父の姿。

その2つは一致しない。

父はいつからあんなに気難しい性格になったのだろう。


 父の書斎を掃除していてある時 一つのカセットテープを見つけた。

母から父が若い頃 歌手を目指していたという話を聞いたことがある。

当然だがその頃はまだ青年と言っていいぐらいの歳で、結婚してからしばらくの間も仕事の合間にあちらこちらで歌う活動をしていたらしい。

私の知らない父の姿。

アルバムの写真の明るい表情の青年はどう考えても記憶に残る父と一致しない。

私が3歳の時に父は甲状腺がんで喉の手術をしたらしい。

それっきり父の夢は断たれてしまった。

歌うのが好きだったらしい父の話を聞きながら、歌の嫌いな父の姿を思い出す。

父にとって歌うということは、辛くて重々しい記憶になってしまったのだ。

そしてそれは幼い娘の私が歌うだけでも嫌だったのだろう。


 カセットテープをセットする。

スイッチを押すと父の歌声が聞こえた。


おやすみおやすみ

はるちゃんは暖かなお布団の中

おやすみおやすみねんころり

ねんねんころりねんころり


私のために作ってくれた子守歌。

それは世界でただひとつの幸福な思い出。

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