佐藤スズノプリンセス 14歳 その2
『辰郎、背中が痒い』
と訴える若駒の背中をブラシで擦る。
「痒そうにしてたんですけど、馬は背中を掻けないんで」
と、言い訳をして。
『喉乾いた』
と、言う繁殖牝馬の声を聞いて、
「水がきれてるね。ほらおかわりだ」
ウォーターカップに給水をする。
はたまた、
『リンゴ嫌いって伝えておいて』
と訴える馬の飼料を好みのもの中心になるように、勝蔵へ伝える。
入って、3日のアルバイトとは思えないほど、馬の気持ちが分かるような辰郎に、
「まるで、馬と会話しているみたいだ」
と、勝蔵はご満悦だった。
当の辰郎は死神なので、実際会話しているとは口が裂けても言えないけど、と苦笑気味だった。
馬産牧場にとって、馬の機嫌が良いことは非常にありがたい話なので、勝蔵の家族にも受けは良い。
「なんなら、孫と結婚してうちを継ぐか?」
と言われる始末だった。
本業よりも順調な身としては、複雑な辰郎であった。
さて、順調じゃない本業の話だ。
夜遅く、厩舎の奥で1頭の馬と向き合う辰郎。
「さて、ユメコ。
今日もお話出来るかい?」
『辰郎……。
今日も来たの?』
嫌そうな顔になるユメコ。
スズノプリンセス号の末娘だ。
「これが本業だからね……。
それで人を乗せるのが、怖いって話だね?」
『だって、アイツら勝手に落ちて勝手に死ぬんだよ?
だけど、我が儘ばかり言う……』
最初は、目の前で安楽死させられたスズノプリンセスのことが原因かと思った辰郎だったが、実際は、違っていた。
「話に聞く相手は、馬泥棒だったんだろ?
大した知識もなく、馬を拐っていこうとしたから、馬に振り落とされた……」
以前ユメコから聞いた話を勝蔵に振ったところ、白昼堂々、馬を盗もうとしたバカがいた話を教えてもらった。
ソイツらの狙いは、このユメコだったらしいが、幼駒のユメコが貧相にみえて、まったく関係ない成駒を盗もうとしたレベルの、素人だったらしい。
『けど……』
「鞍も手綱もなしに乗ろうとしたバカだから。
本職の騎手達とは、雲泥の差だからさ?」
煮え切らない態度のユメコに頭を抱える辰郎。
スズノプリンセスの話のように、レースへ出るまで処か、1度でも騎乗すれば落ち着きそうだが……。
「……私では意味がないのですよね?」
『辰郎は、人じゃないから……』
辰郎には、解決できない問題でもあった。
そんな問答を繰り返していたある日。
辰郎が、働く厩舎へ1人の若い女性がやって来る。
「あんたが魅煉辰郎?
少し話をさせてほしいんだが?」
その女性は、辰郎を睨み付け、自己紹介もなく、いきなり切り出したが、
「あ、はい。
今は彼らの世話で忙しいので、それでも良ければ、受け答えくらいは……」
当の辰郎はそれどころではない。
今もひっきりなしに馬からの要望が入るのだ。
ひたすら、それを処理していく。
「……」
話を満足にする余裕もない女性だったが、意外なことに、そのことに文句を垂れずに辰郎を眺めていた。
「……あの」
「……あんた、本当に馬が好きなんだね?」
「いえそんなことは……」
一段落した辰郎が申し訳なさそうに話し掛けると、その女性は最初の剣呑な気配を消して応える。
その内容は、辰郎にとって困る問い掛けではあったが……。
「いや、私はこれでもここの牧場で生まれ育った身だ。
けど、あんたみたいに馬の望んでいることを、叶えられるような人間じゃない。
脱サラしたオッサンが、いきなり馬の世話とか、爺ちゃんに聞いた時は驚いた。
けど、それだけの心意気があるってことか……」
どうやら、勝蔵の孫の1人のようだと納得し、同時に、なんとも言えない顔になる。
本当に馬の望んでいることが分かるだけなんですとか。
或いは、会社でお客様の要望に出来るだけ応えるのがサラリーマンだと教育されたとか。
「……まあ、合格だ。
しばらくこっちにいるから、仲良くしてくれ」
「はい、よろしくお願いします」
何はともあれ、追い出されては大変だったので、その心配がなくなったことだけは幸いだった。
その女性、
つまり、辰郎が牧場で働くようになって2ヶ月以上と言うことでもある。
「……辰郎。
ユメコのことで……」
「……」
勝蔵からユメコが、本格的に競走馬人生をスタートする時期が近いことを知らされ。
そして、同時に辰郎の本業の可否が決まる日が近いことを知ることになった。
そんな後がなくなった辰郎は、佐藤要を呼び出す。
夕方、厩舎裏に来てほしいと、佐藤要が快諾してくれたことを喜んだ辰郎は、生まれて初めて女性に拳で殴られると言う経験をしたのだった。
まあ、原因は勝蔵にある。
牧場の婿探しに札幌へ送り出した孫娘を、良い男がアルバイトに来ていると呼び戻し。
辰郎の手伝いをさせたのだ。
要が意識してしまうのも、しょうがないだろう。
そんな辰郎から、夕方の厩舎裏なんて、人目の少ない場所へ呼び出されて、いざ行ってみたら、
「ユメコは人を背に乗せるのが怖いらしいから、要さんが乗ってみてくれ。
要さんが乗っている間、私がユメコを落ち着かせるから……」
等と言われては、腹も立つだろう。
しかも、実際にユメコに乗った際は、要のこと等見向きもしないで、ユメコに話し掛け続けると言う体験付き。
自分ちの馬に、女として負けた要の怒りを受け止める義務が辰郎にはあるだろう。
そんな紆余曲折はあったが、ユメコの問題は解決へ向かい、辰郎も長い現世生活の終止符が、近付いた頃。
「辰郎さん。
私は辰郎さんが好きだ!
結婚を前提に……」
「……すみません、私も要さんが素晴らしい女性だと思うのですが、故郷に待っている
思いきって要から告白したのだったが、玉砕することになった。
その直ぐ後に、辰郎が退職を申し出たせいで、要が家族から気を使われる羽目になったのは余談である。
しばらくして、スズノプリンセスを見送った辰郎が事務所へ戻った時のこと。
「……課長。
これ本当に割に合うんですか?」
「……まあ、辰郎が地上へ出張するだけだし、良いんじゃないか?」
どうせ、お前さん1人1人に時間割きすぎで、コスパ悪いしよ! 等と笑う光野。
3ヶ月使って、スズノプリンセスの功徳値をもらい受けたので、コスパは最悪だが……。
「基本的に、うちの会社は暇してることの方が多いんだから、ちょうど良い」
否定が出来ない辰郎は、一言。
「悪魔め」
と呟くが、
「
と、大してダメージを与えることも出来なかった。
こうして、煉獄社の動物部門主任者、魅煉辰郎ことベルゼブブの日常が始まった。
魅煉辰郎 最後の思い出彩ります フォウ @gurandain
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