佐藤スズノプリンセス 14歳 その1

 おっとり顔の美人を前にした辰郎。

 その資料を見て石化してしまう。


「佐藤スズノプリンセスさんですね?

 失礼ですが、生前は何をしてみえたのでしょうか?」

「お恥ずかしい話ですが、若い頃は、追いかけっ子ばかりしてました。

 大人になってからは、子育ての毎日でしたね」


 美人さんは、恥ずかしそうに謙遜しているが功徳値20000超えの英雄みたいな人生を送ったようである。

 まあ、名前から予想がつくが、


「すみません、少々お待ちいただけますか?」


 一言断って、カウンターの奥にある事務所、その最奥に座る上司の元へ。


光野ひかりのさん。

 今対応中のお客様ですけど……」

「あん?

 10年くらい前に牝馬三冠を成し遂げた名馬、スズノプリンセス号だが?」


 デスクに足を乗せないでもらいたいと思う辰郎。

 死神とは言え、童貞中年には刺激が強い。


「訊きたいにはそういうことじゃなくてですね?」

「今日のパンツの柄か?」

「違いますよ!

 何でサラブレッドの方が、うちの会社へ来ているのかってことです!」


 死神の職務に、馬の未練解消は含まれていない。


「あん? 辰郎ちゃんよ?

 それ本気で言ってる?

 この営業成績見てさ?」


 バンと音を立てて、デスクへ叩き付けられたのは、辰郎の今月の業務日誌。


「辰郎ちゃんよ?

 お前さん、犬とか猫への対応で功徳値を稼いでいるじゃねえか?

 人間相手だと35ポイントに対して、犬猫相手で2127ポイントとかよう?

 部長が頭抱えてたぜ?」

「……」


 否定出来ない辰郎は沈黙するしかなかった。


「だからよぉ?

 私が提案したのよ?

 じゃあ動物専門部署を立ち上げて、辰郎を主任にしてしまいましょうってな?」

「そんな無茶苦茶な!」


 災難の元凶は、この上司に合ったらしい。

 主任となれば出世ではあるが、どうせ軌道に乗るまでは1人の班なのだ。

 責任だけ重くなるのは、人間社会と変わらない。


「良い案だろ?

 見たかよ、あのスズノプリンセス号の功徳値。

 動物換算だから、10分の1扱いだがよ?

 それでも2000超えよ?

 がっぽり儲かるじゃねえか!」


 ……否定は出来なかった。

 2000ポイントもなれば、それこそ現世への干渉も出来るくらいだ。


「後な?

 人の姿になってるが、相手は動物だ。

 口で騙すのだって難しくねえだろうよ?

 ラスメモの利益主義連中から見たら、良い鴨だと思わねえか?」

「……それは」


 それも否定は出来なかった。

 簡単な内容で、大量の功徳値を取るような悪徳契約は禁止されている。

 しかし、あれこれとオプションを付けて、出来るだけ搾り取るような真似をするのは、ラストメモリア社の常套手段。


「……お前さんが、上手くやってああいう連中を救ってくんだ。

 それを喧伝して、動物客のシェアは根こそぎいただく。

 何、悪いことをする訳じゃねぇ。

 ……そうだろ?」

「分かりましたよ」


 分かったらさっさと行けと追い出された辰郎。

 再び、佐藤スズノプリンセスの元へ戻る。


「……お待たせしました。

 それでは、お客様のご要望をお聞かせいただけますでしょうか?」

「……どんなお願いでも大丈夫なんですか?」

「はい、お客様のご要望を叶えるように、精一杯知恵と工夫をするのが私どもです。

 まずは胸の内をお聞かせください」


 少しばかり不安そうな顔の佐藤さんへ微笑み掛ける辰郎。

 元競走馬のお願いと言うことに不安はあるが、どんな客でもお客様に違いないのだ。


「……私は、末の娘が心配なのです。

 死神さんが何処までご存知かは分かりませんが、私は競走馬をやっていました。

 当然、娘も競走馬になる運命です。

 けれど、あの子は人を乗せようとしません。

 人間達が、そんな子を生かしてくれるとは思えない」

「それは……」


 厳しいのだろうな。

 と思う辰郎。

 人を乗せようとしないのでは、乗馬にも使えないだろう。

 目の前の女性が三冠牝馬だと言うことで、血統次第では繁殖へ回される可能性もあるが……。


「思いっきり走れないのは、私達にとって苦痛です。

 一度でも、人を乗せてレースに出れば、娘も考えを改めるかと思うのです……」

「なるほど、少々考えてみますね……」


 等と答えたものの、辰郎の頭は絶賛混乱中であった。

 そもそも、人を相手にしてきた死神なので、競走馬なんて詳しくない。

 詳しくないが、人を乗せて走る以上、騎乗させるのは、レースだけなはずがないくらいは予想が出来る。


 その子の残り馬生を考えないのであれば、人を乗せるのは楽しいと、催眠術でも掛ければ済みそうだが、そんな下手な仕事はプライドが許さない。


「……佐藤様、

 少々宜しいでしょうか?

 少し時間は掛かるものの、こちらに良い案がございますので」

「……はあ、どちら様でしょうか?」


 頭を悩ませる辰郎の元へ、優しい声の女性が話し掛ける。

 戸惑う顧客に、その女性は名刺を取り出し、


「申し遅れました。

 私、魅煉の上司で光野翼と申します」


 と、笑い掛ける。

 事務所の時とは大違いの猫被りであった。

 そして、彼女はとある提案を申し出る。




「今日からお世話になります。

 魅煉辰郎です。

 よろしくお願いします」

「はいはい、話は聞いてるよ?

 よろしくねぇ」


 普段のスーツ姿から一転、ラフな格好で佐藤牧場の牧場主である佐藤勝蔵さとうかつぞうさんへ挨拶をする辰郎。

 勝蔵さんの従弟の妻の弟で、会社を辞めて北海道での生活を望んだ中年、脱サラ人間。

 現役時代のスズノプリンセス号のファンだったので、人手不足の佐藤牧場の短期アルバイトに志願したと言う設定である。


「さて、それじゃあここでの暮らしを説明させてもらうぞ?」

「よろしくお願いします」


 勝蔵さんの言葉に、深々と頭下げて礼を言う辰郎。

 こうして、辰郎の牧場生活がスタートしたのだった。

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