佐藤幸助 22歳
「彼女にさ、渡し損ねた指輪を届けたいんだけど、やっぱ難しい感じ?」
派手な金髪に革ジャンの青年が、自信のない顔で訊ねてくる。
本日、辰郎に回ってきたのが、彼。
「そうですね。
非常に申し訳ないのですが、お客様のご予算、生前のお金ではなくお客様が積んだ功徳値ですね?
正直、全然足りていないです。
現世干渉なので、最低ラインで1000ポイントほど、この時点でお客様のご予算オーバーです。
そこに渡し損ねた指輪とのことですが、誰かの目に触れるところにあるようですと、500ポイントほど加算が必要です」
享年22歳で、功徳値1000ポイントなんて、何処かの救世主でも連れてこないと無理なレベルである。
そもそもこの世界の秩序として、死者が現世に干渉するのは、厳禁だからこそのこのポイント設定だ。
天才的な人間が、遺作を発掘されるようなご褒美的な代物なのだ。
加えて、
「正直ですね?
お客様にいたっては、論外なんです。
功徳値30ポイントとか、どれだけ好き勝手生きてきたんです?」
「面目ない。
親に反発して、不良グループに入り浸ってました。
彼女に出会って更生して、真面目に生きようとした直後で……」
身体を小さくする佐藤幸助を睨みつつ、彼のプロフィールを再度見回す。
裕福ながら職人肌の父親に反発して、不良グループ入り。
かと思えば、コンビニバイトの女性に一目惚れして、不良から足を洗い、フリーターとして働き出す。
自業自得だと、つっぱねたいレベルの案件である。
「……やっぱ色々と足りてないっすよね。
ラストメモリアさんじゃ、門前払いでした。
功徳値30ポイントなんて、相手にする時間が勿体ないって……」
「相手は大手だからね。
業績が悪ければ、直ぐに解雇されるから、相手にしている暇もないだろう」
月3000ポイントのノルマを課せられる会社だ。
30ポイントじゃ、相手にされなくて当然だろう。
「死神さん達も世知辛いんですね?
もっと、超然とした存在だと思ってました。
魅煉さんなんか、ただのくたびれたオッサンだし……」
「みんなから、相手にされないからって、酷い言われようですね。
否定はしませんけど……」
客だからって、目の前で侮辱されるのは腹立たしい。
しかし、
「幸助さんの本当の願いは何ですか?」
「はい?」
それを聞いて、辰郎は思い出した。
未練を抱えたまま、消滅させられる魂を救うために、こんな仕事をしているんだと。
……だから訊ねる。
「はっきり言いましょう。
幸助さんのお願い。
渡し損ねた指輪を渡すですけど、そんなことをすれば、彼女さんは更に深い悲しみに襲われますよね?
幸助さんは、自分の生き方を変えるほど愛した女性を、更に苦しめたいんですか?」
「……」
……しばらく待つ辰郎。
幸助の顔がコロコロと変わる様を辛抱強く。
「……俺、最低だったわ。
知らない間に真美が死ぬことを願っていた。
だから、こんな酷いお願いを色んな人に頼んでたんだ。
安易に願いが叶わなくて、本当に良かった……」
そして……。
最後に穏やかに笑った。
「今、彼女が死んだら再会できるかも、と思うのは無理ないですよ。
急な別れだったんですから、もう一度会いたいのは当然でしょう」
「嫌だよ。
俺は、こんな俺を見せたくない。
恥ずかしい生き方してきて、更生してちょっとは、真美に顔向け出来るようになったんだ。
またこんな情けない面は見せられない」
職人肌の父親に反発していたとの事だったが、その武骨な心意気はどうやら彼自身の芯に根付いていたらしい。
釣られたように笑う辰郎。
「……辰郎さん、お願いは変更だ。
俺の新しいお願い聞いてくれるか?」
「ご予算次第です。
私も会社勤めのくたびれたオッサンですので……」
先ほどの暴言をそのまま嫌みにして返す辰郎。
幸助の心意気は気に入ったが、それとこれとは話が別だったらしい。
「そりゃないと、言える立場じゃないよな?
難しかったら叶えんでくれて良い。
どっちにしろ辰郎さんへ全部託すからさ。
俺の願いは……」
彼のお願いは、正直、ギリギリラインだった。
けれど、
「良いでしょう。
それくらいならどうにかしますよ」
笑顔で答える辰郎。
ちょっとした裏技を使う気でいたのだった。
正社員勤めの両親の間に産まれた分、平均よりは裕福だったかもしれないが、目立たない地味な容姿に地味な成績。
藤堂真美は、幸せな女性だった。
バイト先のコンビニで告白された。
相手は絵に描いたような不良だったけど、真美のために更生してくれた。
彼の両親からは感謝され、希望に溢れた未来が待っていた。
そして、藤堂真美は不幸な女性になった。
将来を誓った恋人を、交通事故で失くしてしまった。
彼の両親からはお礼を言われた。
真人間として、死なせてやってくれてありがとうと……。
嬉しくなかった。
当たり前だ。
佐藤幸助は帰ってこない。
そんな彼女が、バイト帰りに、公園へ差し掛かった時。
「……にゃあ」
ダンボールに捨て猫が入っているのを見付けた。
「幸助くんも猫好きだったっけ。
結婚したら、飼おうって……」
「にゃあ!」
思わず、呟くと猫が同意するように鳴いた。
そうだと言わんばかりの顔に、幸助が重なり、
「うちに来る?」
「にゃあ!」
尋ねずにはいられなかった真美。
それに頷く子猫。
もはや、真美にとってこの猫は幸助の生まれ変わりそのものだった。
「この子のために頑張ろう」
生きる目的を得た女性の腕の中には、満足そうに笑う猫がいた。
「まさか、記憶を持ったまま、畜生へ堕ちると言う懲罰を、自分から言い出すとは……。
まあ、これも1つの幸せですかね……」
これは本来、極悪人への懲罰だ。
功徳値がマイナスで死んだ者は、生命樹の下にある穴へ放り込まれる。
すると、前世の記憶と言う重荷を背負ったままに動物、それも大抵はか弱い小動物へ生まれ変わる。
幸助はあえてその罰へ志願し、懲罰で得られるはずの功徳値を辰郎へ前払いして、真美の元へと辿り着くように、依頼したのだ。
「……まあ、手間暇の割に報酬の悪いコスパ最悪の仕事ですけどね。
また、課長にどやされるのかな……」
くたびれたスーツのサラリーマンが、苦笑したが、それに気付いた者は何処にもいなかった……。
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