第3話 好きになっちゃいますか?

「ことせんぱーーーーーい!!」


 お昼に大学の学食で1人でラーメンをすすっていると、ひよりが手を降って近づいてきた。


「お隣いいですか?」


「うん、どうぞ」


 ひよりは今日もたくさんのお皿をお盆に乗せている。

 今日は…、カツカレーと麻婆豆腐か。結構な組み合わせだけど、合うのかな。


 ひよりはカレーを口に入れた後、間髪入れずに麻婆豆腐を食べる。

 顔はご機嫌だから、きっと合うんだろう。


 ひよりはもぐもぐしながら、周りを見渡している。


「あ、ねえねえ、あそこに成那先輩と伶斗先輩いますよ。あの2人って付き合ってるんですか?」


 ひよりが指差した方を見ると、成那と、先輩である伶斗さんが向かい合ってご飯を食べている。伶斗さんも同じサークルで、拓斗と違ってこっちはこれぞイケメン、というようなキリッとした顔立ちだ。


「うん、付き合ってるよ、最初成那は全然興味なかったんだけど、猛アタックされて4ヶ月前くらいに付き合ったんじゃなかったけ?」


「へー! 知らなかったです」


「あんまり付き合ってること人に言ってないしね。まあ、周りみんな察してるけど」


「今度、成那先輩に色々聞こうっと」


 私も横目で成那と伶斗さんを見る。2人は仲睦まじそうに笑い合っている。


 私も最初に付き合ったと聞いた時は、とても驚いたのを覚えている。


 成那はああ見えても意外とモテる。

 まあ、髪の毛綺麗だし、身長高いし、足長いし、胸大きいし、愛嬌があるし、本当に欠点が見当たらないから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。


 しばらくその2人を見つめていると、ひよりから話しかけられて視線をひよりに戻す。


「こと先輩も猛アタックされたら、好きになっちゃいますか?」


「うーん、どうだろう…。内容によるかも…?」


 私がそう言うと、ひよりは食べる手を止めて前のめりになり、目をキラキラさせながらこちらを見てきた。


「どんなことされたら好きになりますか!?」


 私もラーメンをすする手を止めて、考える。


「うーん、そうだなあ。シンプルにデート誘ってくるとか、スキンシップとか…? 私察するのとか苦手だから、わかりやすかったら割となんでもいいかも」


「ふむふむ…。なるほど…」


 ひよりは顎に手を当てて、真剣な顔をしながら私の話を聞いていた。


 なんでそんなに真剣に聞いているのかな。私の恋愛話なんて、どうでもいいだろうに。


 ————…もしかして。


 私と同じ3年に、好きな人がいて年上にどうアタックしたらいいか探り入れているんじゃない…!?


 きっと、私を参考にしたいからなんだ。


 そうだ、絶対そうだ。


 自意識過剰かもしれないけど、そうとしか思えない。私は平常心を保つためにラーメンをすする。


 本当にそうだったらどうしよう。

 こんな可愛い子にアタックされたら、どんな男子も一瞬で恋に落ちてしまうに決まっている。


「———…ねえ、ひよりってさ…」


 好きな人いるの?


 そう聞こうと思ったけど、口を開いたまま声にすることはできなかった。


 聞いてみてもし、います、なんて言われた日には私はもう絶対に立ち直れなくなってしまう。


 ひよりは止まった私を不審に思ったのか、私の顔を覗き込んでくる。


「私がどうかしました?」


 私は少し迷った挙げ句、笑って


「ううん。なんでもないよ」


 と答えた。


 聞く勇気は、残念ながら持ち合わせていない。


 ひよりは少し不満そうな顔をしていたけど、やがてまたカツカレーと麻婆豆腐を食べ始めた。

 私はもうラーメンを食べ終えたしまったので、ひよりの食べている姿を眺める。私は肘をついて、ひよりの頬がもぐもぐ動くのをぼんやりみる。


 カレーと麻婆豆腐という強烈な組み合わせなのに、本人はいたって幸せそうだ。食べることに全力なところも、ひよりらしい。


 私はひよりが食べているところを見るのがすごく好き。

 もちろん、他のところも大好きだけど。


「……こと先輩、さっきから見すぎじゃないですか?」


 不意にそう言われて、心臓が跳ねた。

 私は肘をついていたのをやめて、ワタワタしながら必死に否定する。


「えっ、そ、そんなことないよ。あ、ほら、食べっぷりが気持ちいいなーって」


「そうですか?」


 ひよりは首を傾げてじっと私を見つめた後、ふっと笑った。


「じゃあ、いっぱい見ててください。私、食べるの得意なので」


 得意ってなんだろうと思いながら、思わず私は笑ってしまう。


 見過ぎだとひよりから見ててもいいと許しが出たからいいか、と思い、そのままひよりを見つめ続ける。


 しばらく沈黙が流れて、学食のざわめきだけが耳に入る。

 ひよりは最後の一口を飲み込んで、手を合わせる。


「ごちそうさまでしたっ」


 ひよりはそう元気に言った後、声のトーンを落として真剣な顔をして俯いた。


「ねえ、こと先輩」


「なに?」


 ひよりは私の目を見ずに、空になったコップの縁をを指でくるくるなぞりながら言う。


「もしですよ、もし……誰かがこと先輩のこと、すごく好きで、猛アタックしてきたら…」


 ひよりはそこで顔を上げて、私の目を見て柔らかく笑う。


「ちゃんと、気づいてあげてくださいね」


 私はつい首を傾けてしまう。


 意味を測りかねていると、ひよりはお盆を持って急に立ち上がった。


「じゃ、次の授業あるので行きます! また一緒にご飯食べましょうねー!」


 そう言って、手を振って人混みの中に消えていく。私はその後ろ姿を、しばらく呆然と見送っていた。


 今の、どういう意味?


 胸の奥に残った小さな引っかかりを抱えたまま、私は空になったラーメンの器を見下ろす。


 思考を巡らせて、ひよりの言っていたことの意味を考える。


 私のことがすごく好きで猛アタックしてくる人がいたら、ちゃんと気づいてねって言ってたよね。


 ひよりが座っていた席を眺める。


 もしかして、私にアタックされたら好きになるか聞いてきたのは、ひよりの友達に私のことを好きな子がいて、その子に聞いてきてって言われたのかもしれない。


 それか…、ひよりが私のことを好き…?


 ……いや、ないない。


 私は首を横に振って、考えを振り払う。

 もし好きだったら迂闊にラブホテルに誘ったりしないだろうし。


 ひよりの友達に、私のことを好きな子がいる。それで全部説明がつく。


 ひよりは面倒見がいいし、優しいし、頼まれたら断れないタイプだ。

 だから、年上の私がどういう人なら恋愛対象になるのか、探りを入れてきただけ。


 そう考えれば、あの真剣さも、あの言い方も、全部納得できる。


 それに、ひよりが私以外の先輩を好きなんじゃないってことなんだからいいか。


 私は自分にそう言い聞かせながら、空になったラーメンの器を返却口に置いた。

 カラン、と軽い音がして、それで一区切りついたような気がした。


 ♢


 私もその後に授業があったので、そのまま講義室に向かった。

 授業をぼーっと聞いていると、不意にスマホが揺れた。


 スマホを使うのは禁止だけど、先生にバレないようにそっとスマホを開いた。

 メッセージアプリを開くと、ひよりから連絡が来ていた。ひよりも授業あるって言ってたのに、と少し苦笑いをしながらトーク画面を開く。


『明日って、空いてますか?』


『午前中に1コマあるだけで、午後は空いてるよ』


 すぐに既読がついて、少しするとURLとともにひよりからのメッセージが届く。


『ここ行きたいんですけど、また一緒に行ってくれますか?』


 同時にイヌが手を合わせてお願いしているスタンプも届く。

 URLをタップすると、やはりというか、ラブホテルのホームページだった。よくよく見てみると、今日からご当地グルメフェアが始まっていて、これが目当てなんだなと察しが付く。


 私はいいよ、と返事をしてスマホを閉じる。


「デートの予定でも決まりましたか? お姉さん」


 隣に座っていた成那がそっとこちらに寄って囁いてきた。


 私は成那をしっしっ、と手で払ってから小声で話し始める。


「そんなわけ無いでしょ?」


「えー? だって顔めちゃくちゃニヤけてたよ」


「嘘っ」


 私が急いで頬を押さえると、成那は静かにケタケタと笑い始めた。


「嘘だよ。いつもスマホ見てもすぐ返信なんてしないから、ひよりちゃんだなってわかっただけだよ。どうしたの?」


「一緒にホテル行こうって」


 そう言うと、成那はあらまあ、と言って口元を小さく抑えた。


「前と一緒だよ。今度はご当地グルメフェアだって」


「…ひよりちゃんがそうやって?」


「ううん。ホームページに載ってた」


「じゃあそれとは限らないでしょ」


「どういう意味?」


 すると成那は私の耳に口を近づける。私も成那に寄る。


「美琴とそういうことがしたい、ってことかもよ?」


「はぁ? 馬鹿じゃないの?」


 私は成那から離れて、呆れた目で成那見る。でも成那は私の視線をものともせず、肩をすくめた。


「だってさ、前から思ってたけど、ひよりちゃんって美琴の前だと距離感おかしくない?」


「それはあの子が人懐っこいだけでしょ」


「それにしては特別扱いだと思うけどなあ」


 成那はそう言って、肘をつく。先生の声は相変わらず淡々と黒板に流れていく。文字はノートの上を走るけど、意味は全く理解していない。


「もし本当にそうだとしても、付き合ってもないのにそんな直球で誘ったりしないでしょ」


 成那はなぜか、少しげんなりしたような顔になってから小さくため息を付いて、視線を黒板に戻した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

好きな子にラブホテルに誘われた やちつ @tsuyotsuyo0603

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画