第2話 期待した私めっちゃ馬鹿じゃん!!
「ハ、ハニートースト…?」
「はいっ! この間ネットでラブホ飯が美味しいっていうのを見たんです。だから1回食べてみたいなって思って。でも1人で行くの怖いから、こと先輩を誘ったんです」
ひよりは楽しそうに、メニュー表を片手に電話をかけ始める。
私は返事をするタイミングを完全に失って、ただその横顔を見ていた。
「まじかあ…」
私はひよりに聞こえないくらい小さな声でそう呟いた。
つまりひよりは、私に気があるわけじゃない、そういうことをしたいわけじゃない。
私はベッドに倒れるように座り込み、頭を抱えた。
期待した私めっちゃ馬鹿じゃん!!
約束した日の記憶が思い出される。
私がラブホテルという単語に気を取られて、ひよりの話を聞いていなかったうちに、ご飯がどうとかって話をしていたような気がしてくる。
「こと先輩はなにか食べます?」
ひよりは受話器の話すところを抑えながらこちらを向いて聞いてくる。
私は小さく首を振る。今、なにか食べたい気分ではまったくない。
ひよりは受話器をおいて、私の隣に座ってくる。なぜか、腕をぎゅっと握って。
「楽しみですねー! カラオケのやつより美味しいのかな」
「うん…そうだね……」
ひよりはリモコンを手にして、映画を漁っていた。
これ気になってたんです、って言ってなにかの映画を再生している。
私も一応テレビに目を向けるけど、内容は頭に入ってくるわけがない。
10分くらい映画を見たところで、ハニートーストが届いた。
焼きたての食パンと、溶けかけのバター、そこにたっぷりとかかった蜂蜜の甘い匂いがふわりと鼻をくすぐる。中央にはバニラアイスが丸くのっているけど、熱に負けて早くももう端から静かに溶け始めていた。
他にも飲み物やら、普通の食べ物やらが並んでいた。
ひよりは写真を何枚か撮った後、いただきます、と言って食べ始める。
ナイフを入れるとさくっ、と軽い音が聞こえる。ひよりは切り分けた一片にアイスと蜂蜜を絡めて、そっと口へ運んだ。
ハニートーストが口に入った瞬間に、ひよりの顔がパッと明るくなった。
「ん〜〜〜〜♡ おいしー!!!」
もぐもぐするたびに、ひよりの顔はどんどん笑顔になっていく。
「こと先輩も食べますか?」
ひよりはハニートーストをフォークに刺して、こちらに差し出してくる。断る理由もないので、私はフォークを受け取ろうとする。
でも、ひよりがひょいっとフォークを遠くにやってしまった。
「あ、ちょっと」
「こと先輩、違いますよ。あーん、ですっ」
私はまた、固まってしまう。
ひよりからのあーん。ひよりが使ったスプーン。
間接キスじゃん!?
私は躊躇いながらもそっと口を開いた。アイスの冷たさと、パンの温かさはわかるけど味は全然わからない。
なんでこんなこと、さらっとできちゃうんだよ、本当。罪な女だな。
「美味しいですか?」
私は頷くことしかできなかった。
ひよりはひとつも気にしていないようで、またハニートーストをフォークに刺してそのまま口に運んだ。
その姿すらもなんだか恥ずかしくて、私は顔を伏せた。
私が自分の傷に浸っている間に、料理はみるみる減っていく。
美味しいようで、ひよりはずっとご機嫌だ。その姿を見ていると、私も何か食べたくなってきた。
「私もやっぱり食べようかな」
そう言うと、ひよりは無言でメニューを渡してくれた。
メニューを開いて見ると、アフタヌーンティーとか、おしゃれなものがいっぱい書いてある。
「じゃあ私、サンドイッチにしようかな。電話貸して」
「私が電話するので大丈夫ですよ」
ひよりがそう言うので全て任せて、私は料理が届くのを待った。
しばらく待っていると、料理が届いた。
でもサンドイッチだけじゃなくて、頼んだ覚えのないケーキが5つ届いていた。
「……こんなの、頼んだっけ…」
まさか、と思ってひよりを見ると、そっぽを向いて口笛を吹いていた。鳴ってないけど。
「流石に食べ過ぎだよ…。まあ、ひよりがいいならいいけどさ…」
私がそう言うと、ひよりは水を得た魚のように一気に元気になった。
「そうですよね! 食欲は人間の三大欲求の1つですもん!! 人間はもっと欲に忠実になるべきなんですから!!!」
ひよりはフォークを手にとって、ケーキを食べ始めた。私もそれにしてがって、サンドイッチを手に取る。
お皿に乗ったサンドイッチは、きれいな三角形で、耳を落とした白い食パンは、指で押せばすぐ戻りそうなほどふんわりしている。
断面からは、薄く重ねられたローストチキン、透き通るようなレタス、細く刻まれたトマトが層になって見えた。
口に入れると、バターとマヨネーズの味が広がって、後からトマトの酸味が押し寄せてきた。レタスは水っぽくなく、チキンは冷えているのにとても柔らかい。
美味しい。
ラブホテルのルームサービスだから、もっとクオリティーが低いのかと思っていたから、非常に美味しくて驚く。
「美味しいですか?」
「うん、美味しいよ」
「1つくださいっ」
それが狙いか、と思いながらひよりに1つ渡す。
ひよりは嬉しそうにサンドイッチを両手で受け取り、頬張った。
「これも美味しい〜」
ハニトーも食べて、他のご飯も食べて、ケーキも食べてなんて。本当にその食べ物は、そのお腹のどこに収納されているんだか。
でも、食べているひよりは本当に幸せそうで、見ているこっちも幸せになってくる。私はその姿を見て、期待してたのとは違ったけど来てよかったな、と思った。
♢
ホテルを出ると、外はすっかりもう夜になっていた。
昼間より少しだけ冷えた空気が、肌に触れた。
「それじゃあこと先輩、また学校で。付き合ってくれてありがとうございました!」
「うん、こちらこそありがとう。またね」
ひよりは私に手を振りながら、駆け足で改札に飲み込まれて行った。
私はひよりの姿が見えなくなると、手を下ろしてその場に立ち尽くしてしまった。
しばらくその場から動くことが出来なかった。
改札に流れる人の波をぼんやりと見つめる。
「はぁ」
先々週から今日にかけてのの心配事が、全部要らなかったなんて。
早とちりして、勝手に勘違いして何やってんだ、私。もう馬鹿だなぁ。
スマホを手にとって、メッセージアプリを開く。通知はなにも来ていない。
ピン留めしてあるひよりの名前が1番上にあり、成那、サークルのグループラインと続く。そのまま帰る気にもなれなくて、私は成那の名前をタップした。
「あはははははっ」
行きつけの居酒屋に成那と一緒に行って、今日あったことを話すと、成那はお腹を抱えて大笑いし始めた。
「なによ、そんなに笑わなくたっていいじゃない。こっちはこんなに傷ついてるんだから!」
「あははっ、ああ、おもしろい」
返事は適当なのに、口元は楽しそうだった。
私はその表情がなんだか腹立たしくて、ビールを一気に飲み干した。
「ごめんごめん。いやー、随分大胆なことするなって思ったらそういうことか。ひよりちゃん、食べるの好きだもんね」
「勝手に勘違いして…。もう恥ずかしいよ…」
私はそのまま机に突っ伏して、小さな声でそう言う。
成那は私の背中をポンポンと叩いて、慰めてくれる。
「でも、もしかしたら緊張してて逃げちゃっただけかもよ? 本当に脈なしって訳じゃないだろうしさ」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
「………成那って優しいね」
「なにそれ。急に気持ち悪いな」
私がむくっと顔を上げると、成那は相槌を打ちながら、私の顔をニヤニヤしながら見ていた。
「なに、その顔」
「べっつにー? 美琴ってわかりやすいなーって思って」
成那は枝豆を一粒つまんで口に放り込んだ。
「なにそれ」
「顔に出やすいってこと」
「出やすくない」
声を荒げてそう言うと、成那は
「はいはい」
と言って笑いながら言ってビールを飲んだ。
私もジョッキを手にとって、少し残っていたビールを飲み干す。
勝手に期待したのは私だけど、なんだか辛くなんってきて涙が出てきそうになった。
「まあまあ。落ち着きなよ。今日は後夜祭だ。いっぱい呑もう! 嫌なこと全部忘れちゃおーう!!」
成那はタッチパネルを手にとって、おつまみやらお酒やらを注文している。
私も今日のことはみんな忘れちゃおう、と心に決めて成那に、
「タッチパネル貸して」
と声をかけた。
注文を終え、少しすると追加で注文したものが届く。
「それで? 楽しかったの?」
成那はジョッキを持ちながら、そう聞いてくる。
「楽しくはあったよ。もちろん。…あーんされたし…」
私が机に突っ伏して、グラスの縁をなぞりながらそう答えると、成那の動きが一瞬止まった。
そしてもう一度ニヤニヤし、ドヤ顔しながら、
「ふーーーーん」
と言った。
「なによ。なにか言いたいなら言えばいいじゃん」
「なにもないでーす」
口ではそう言っているのに、目が笑っている、さっきからずっとその顔だ。
私はジョッキを持ち上げて、半分くらい一気に飲む。苦さが舌に残る。
今日の成那は、ずっとニヤニヤしているし、なにか知っていそうなのになにも言わなくて、なんだか鼻につく。
「でもまあ、楽しかったなら良かったよ。また誘われたらいいね」
「でも、あんな突拍子のない誘い方はもう御免です」
そう言うと、成那はまたお腹を抱えて笑った。
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