好きな子にラブホテルに誘われた
やちつ
第1話 ラブホテルに行ってみたいんです!
「だからね、先輩。人間は全員、もっと欲に忠実になったほうがいいと思うんです!」
4つ目のハンバーガーを口にしながらそう熱弁しているのは、大学の1つ下後輩、
ひよりはいわゆる童顔で、セミロングの茶色の髪の毛を器用に巻いている。男ウケしそうなガーリーな格好は、服に着られることはまったくなく、むしろ彼女に魅力を引き出している。
そして、私、
去年サークルで出会って、一目惚れをした。理由は単純。すべてがどタイプだったから。声も、雰囲気も、仕草も、顔も。
今、ひよりと私は一緒にファストフード店に来ている。
ひよりが1人でハンバーガーを5つも頼んで、持って帰るのかと思いきやその場で全部食べ始めたから、「食べ過ぎじゃない?」とツッコミを入れたら、熱弁が始まった。
話ながらでも、ハンバーガーはみるみるうちに減っていく。今、最後の5つ目のハンバーガーに手が伸びた。そんな細い体のどこに入っているんだろう。
「ちょっと、こと先輩聞いてます?」
「うん、聞いてる聞いてる。ちゃんと聞いてるから」
私は頬杖をつきながら、ひよりの言葉に耳を傾ける。
私がしっかり聞いているのを見て安心したのか、ひよりはまた楽しそうに話し始める。
ひよりは私のことを、こと先輩、と呼んでくれる。
こんなにフレンドリーに私に接してくれる後輩はひよりくらい。
私はひよりと対象的な黒髪ストレートで、昔から目つきが悪いと言われてきた。高い身長も相まって、なんとなく近寄りがたい存在だと思われる事が多い。後輩と関わる機会は、正直あんまりない。
寂しいと思うこともたまにあったけど、今はもう全然気にならない。むしろ気楽だ。
「つまり! 私は今ハンバーガーを何個食べたっていいんです。食欲は人間の三大欲求のひとつですからね。我慢したら体が壊れちゃいます!」
「そっか。じゃあいっぱい食べな。なんか買ってくる?」
私が笑いながら聞く。たくさん食べるひよりはとても可愛い。ハムスターみたい。
「もう大丈夫です。ありがとうございます」
ひよりは5つ目のハンバーガーの最後のひとくちを口に詰め込む。そして、勢いよく飲み物を飲み干した。
炭酸だったから喉に詰まったのか、胸のあたりをとんとん叩いている。
やがて落ち着くと、ひよりは少し前のめりになって私に近づいた。
「こと先輩。私、先輩にお願いがあるんです!」
「ん? なに?」
「こと先輩にしか頼めないないことなんです…。なんでも聞いてくれますか?」
ひよりは上目遣いになりながらそう言ってくる。
そんな可愛い顔されちゃったら断れるわけもなく、私は小さく頷いた。
するとひよりの顔が一瞬にして輝き始める。
かわいいな、愛おしい。
ひよりは乗り出していた体を戻して、純粋な澄んだ目で私を見つめながら語り始めた。
「今度に休みに——」
「あれー? ひよりちゃーん」
声が重なった。
ほんっとタイミング悪いなあ、誰だよ。
顔をひよりから離して声のした方向を見ると、そこには同じサークルの同級生が立っていた。
そこそこ整った顔立ちの男子で、下級上級関係なく顔が広い。いわゆる陽キャと言うやつだ。
私の後輩にもかっこいい、イケメン、と言っている子がいたけれど私は大学デビューをした田舎の高校生にしか見えない
友達によると、拓斗はどうやらひよりのことが好きらしく、何度もデートに誘っているらしい。でもひよりからの返事は毎回NOで、現在距離の詰め方を模索中なんだとか。
私は会話を邪魔されたのが最悪で拓斗を睨みつけるけど、ひよりは拓斗とにこにこ話している。こういうところは、私よりひよりの方がずっと大人だ。
「ねえひよりちゃん、この間のこと考えてくれた?」
「何度も言ってますが、返事はNOです。好きでもない人とデートすることはできません」
「えー? いいじゃん、1回くらい。なんでも奢るしさー?」
ひよりは淡々と断っているのに、拓斗はねちっこく話しかけている。
ひより、困ってるな。
そう思い、口出ししようとするとひよりが少し声を張って拓斗を止めた。
「しつこい人は嫌いです。当たるなら別の人にお願いします」
拓斗はそう言われると、それ以上何も言えなくなったようで少し肩を落としてその場を去っていった。
ひよりちゃんは拓斗の後ろ姿に、あっかんべをしてから私の方を向いた。
「それでお願いなんですけど!」
さっきとは打って変わったテンションに、私は少し驚いてしまう。
どれだけ拓斗のことが嫌いなんだよ…。
少し拓斗に同情してしまう。
でも、こんなに嫌われているのに挑み続ける拓斗もすごいものだ。
「うん、なに? お願いって」
「はい! その…私…」
ひよりはもじもじとしながら私の表情を伺っている。
ひよりのお願いなら何でも聞くんだけど、と思いながら小さく首を傾げる。
するとひよりは意を決したように私を見て、大きな声で行った。
「ラブホテルに行ってみたいんです!」
「————…へ?」
私はそう言ってぽかんと固まってしまう。
ひよりはつらつらとなにか話しているけど、全く頭に入ってこない。
ラ、ラブホテル…? ラブホテルってあのラブホテル? 恋人か、それに近しい人たちが行く、あの? ひよりが? 私と? なんで?
人間はもっと欲に忠実になったほうがいい、ってそういうこと!?
私は意味がわからないままひよりを見つめ続ける。
「————だから先輩、私をラブホテルに連れて行ってください!」
そしてひよりは最後に満面の笑みでそういった。
♢
「————…ってことがあったんだけど、どういうことだと思う!?」
友達の
成那も同じサークルで、ひよりと私の数少ない共通の友人だ。そして、私がひよりのことを好きだと知っている唯一の人。
成那は笑いながら、ビールを一口のんだ。
「いやあ、ひよりちゃんも大胆だなあ。おもしろーい」
「もう、意味わからないって。一応約束はしてきたけど…」
私は頭を抱える。
「約束したんかい。それで? いつ行くの?」
「来週の土曜日…」
「ふーん。結構すぐだね」
私はそう言われてまた頭を抱える。
本当に時間がない。用意しなくちゃいけないことが山ほどある。
新しい下着も買いに行きたいし、脱毛にも行きたい。女同士のやり方だって調べなくちゃ。こと先輩、下手くそなんて言われて、ひよりに幻滅されたくないもん。
一応脱毛の予約は取ったし、下着は明日買いに行くつもりだし、やり方もちょっとは調べたけど不安、というか心配が多すぎる。
やりたいことが脳内にたくさん浮かんでくて、どうしたらいいかわからなくなる。
「————ていうか、なんで私なんだろ。ひより、私のこと好きなのかな。いやいやいや…。え、なんでなんで…」
成那は私がそう呟いている姿を方杖をつきながら楽しそうに見ている。
「美琴が経験豊富そうに見えたんじゃなーい?」
成那は笑いながらそう言う。
よく夜遊びしてそうとか、経験豊富そうって言われるけど、私はそういうことをしたこともなければ、恋人ができたことすらない。
告白をしたりされたりはあるけど、両思いになったことなんて一度もない。まあ、女が好きな女に田舎の高校で出会えるわけがないから、仕方ないんだけど。
「もう…勘弁してよー…」
私はビールをぐびっと飲む。
今はお酒の力を借りて、気持ちを無理やりハイにしておかないとやっていけない。
「まあ、なにはともあれ頑張れ!! 今日は前夜祭だ! すいませーん! 生2つーー!」
成那はそう言って私の背中をそこそこ強い力で叩いた。
全然前夜じゃないけどね、と思いながらも成那のその気遣いに今日は甘えようと思った。
♢
そうして時は過ぎ、ついに約束の日になった。
私は駅の改札前で、スマホをいじりながらひよりを待っていた。涼しい顔をしているけど、内心はとんでもなく荒ぶっている。
心臓は速く大きくなっていて、視線はスマホではなくキョロキョロと彷徨っている。
「こと先輩ーーー!!!」
そう声が聞こえて顔を上げると、ひよりが手を振りながら改札から出てきた。
私はスマホをポケットにしまって、小さくひよりに手を振り返した。
「お待たせしちゃってすみません」
「ううん。全然大丈夫。行こっか」
私はひよりに背を向けて歩き始める。
ホテルまでの行き方は、ストリートビューで何度も確認済みだ。頭に入っている。
ひよりは一歩遅れて着いてきたと思ったら、不意に私と腕を組んでくる。
私の心臓は大きく跳ねる。
女同士だもの。腕を組んで歩くくらい普通よ。
そう言い聞かせるけど、今日の私にはその言葉は効かなかった。
「ホテルってどんな感じなんですかね」
「うーん、どんな感じなんだろうね…」
緊張でうまく言葉が出なくて、会話が成立しているかどうかわからない。
ひよりはその後も何か話していたけど、適当に相槌を打つしかできなかった。
駅から20分くらい歩いたところで、ホテルについた。
入り口から入ると、やけにポップなBGMが流れていて、来てはいけないところに来てしまったような気分になる。
大きなタッチパネルが4台並んでいて、注意書きが色々と書かれていた。
私はネットの知識でささっとチェックインを済まして、エレベーターに乗り込む。
ひよりはホテルに入った途端、一気に無言になってしまった。それでも、腕はぎゅっと組まれたまま。
そして部屋につき、鍵を開けて入る。
すると途端にひよりの顔がパッと明るくなった。
「先輩見て! ベッド大きい!! あっ! テレビで映画も見れますよ!!」
「ソ、ソウデスネ」
私は逆に、部屋に入った途端緊張が一気に押し寄せてもうよくわからないことになっている。
とりあえず、お風呂とか入ったほうがいいのかな…。いや、ネットだといったん映画タイム挟んだほうがいいとかも書いてあったよな…。
私は入口の方で立ち止まったまま、思考をぐるぐると巡らせていた。
そんな私を不審に思ったのか、ひよりがこちらに近づいてきて、上目遣いで私を見た。
「こと先輩、大丈夫ですか??」
「ウ、ウン。ダイジョウブ」
全然大丈夫じゃないけれど、そう返事をした。
ひよりは、ならよかったです、と言い、私の手を引いてベッドがある方に戻る。
ああ、ついに始まるのか…。
ひよりはお風呂とか入らなくていいタイプなのかな。私は汗臭いかもしれないから入りたいんだけど…。
とりあえずお風呂入る?
そう言いかけた時、ひよりが口を開いた。
「じゃあ先輩! 早速なんですけど!!」
ひよりは踊るようにくるっと回転して、私の方を向く。これから行為をする人とは思えないほど、満面の笑みだった。
なんでそんな余裕なの、と困惑しているとひよりはそのまま言葉を続ける。
「ハニートーストを食べましょう!!!」
————————…え?
ハ、ハニートースト? ハニートーストって、あの? 大きな食パンに色々乗ってるやつ??
え、なんで???
「———————…………へぁ?」
たっぷりと間を開けた後、私は、そんな情けない声を出すことしかできなかった。
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