第12話:エンカウント de ガールズ
「おにーちゃーん!!!」
都会の喧騒の中でもまっすぐ俺の耳に届く声に振り向くと、華やかな服を着て、長い黒髪をお団子にした、おしゃれな紬の姿があった。
「あら、かわいいじゃん」
「そうなの、最近着れてなかったから着て来ちゃった」
「さては、彼氏のために買ったな?」
俺の勘であるが、シンプルを好む紬がこんな華やかな洋服を買うくらいのイベントごとがあったに違いない。それも男絡みで。
「えー、わかるぅ?」
「わかるとも。お兄ちゃんだしな」
「まぁ、先月別れちゃったんだけどね」
「どうしてさ」
「受験シーズンでどうしても浮かれてられないって振られちゃった」
「なんだそれ」
受験ガチ勢の恋愛ってこんな感じのノリなのかな。俺も受験ガチ勢だけど彼女できたことないからわからない。
「紬といると浮かれちゃうなんて可愛い彼氏じゃないか」
「……そう言う考え方もあるか。私は、この関係って遊びだったのかーってムカついたけど」
「……」
それも間違ってはないんじゃない? とは口が裂けても言えなかった。
「お兄ちゃんこそおしゃれだけど、彼女いないの?」
「いないよー。今まで忙しかったし、恋愛してる暇もなかったからね」
この服もロマンス詐欺の相手とのデートで見繕ってもらった服だ。
とてもかっこいいが、“胸の真ん中にでっかく刺繍された花模様”の服は俺の趣味ではない。
「そっかー。でも今は少し余裕あるんでしょ? されないの? 告白」
「されるけど、断ってる。やるべきことがあるし、何より女子高生が家にいる男とか嫌でしょ」
「それはまぁ、そうなのかも? その家にいる子次第な気もするけど」
その家にいる子が問題なんです。俺に彼女ができたら暴れそう。
まぁ、俺がロマンス詐欺師だからってのが決定打だけどね。
「このまま俺の家に行っていいの?」
「うん。勉強教えてもらいたいしね」
じゃあ行きますか。車の停めてある駐車場に行き車のドアを開けて紬を車内へ促すが、本人が固まったまま動かない。
「お兄ちゃん。なんか詐欺とかしてないよね」
してます。
「なんで外車のスポーツカーなの?」
「たまたま安く譲り受けたんだよ」
「どんな知り合いよそれ。お母さんが見たら心配しちゃうよ」
本当はタワマン住むなら車もそれっぽいのにしようとして買っただけだ。
不安げにモジモジしている紬の手を引き助手席に座らせ、運転を開始する。
「何この銀紙の折り鶴。いっぱいあって怖いんだけど」
「レジ袋の中にガムあるから食べていいぞ」
「……え、ガム食べないのに銀紙をパージさせたの?」
そうなんですよ。飛鳥に言ってやってください。家にはこの5、6倍の銀紙あるから。
そのまま滑らかに発車し、安全運転で自宅に向かう道中、紬は車窓からの景色を目に焼き付けていた。
「紬。ちゃんと幸せに生きてるか?」
「うん。心配せんでいいよ」
「高校3年生ってさ、今まで勉強しかやってこなかったのに、いきなり就職、一生に響いてくる進路を決めさせられるだろ? 女子は来年からはメイクしてない方が非常識だと思われるし、周りからの目も変わる。いろんな分岐点がやってくる。自分の道決めるの、大変だろ?」
「そうだね。大変だよ」
妹には自分と同じところで悩んで欲しくない。
「道の指標ってどこにあるかわからない。今ままでの人生の中にあるかもわからない。未来の中で拾うかもしれない。でも、1つだけ不変なものがあるんだ」
「不変?」
「そう。ネットで調べても出てこない。1つの指標」
「そんなのあるの? ネットで出てくるのは自己分析して、やりたいこと、夢を見つめ直すことだけど」
「違うね。俺が言いたいのは将来どういう人達と一緒に過ごしたいかだ。自分を囲む人ってどういう人がいいんだろうって考えるんだ」
接客業なら従業員、客。建築家ならクライアント。医療系なら同僚とその病院を利用する患者。作家なら作家仲間や編集者。
社会性動物の我々は一度その道を決めると周りの環境を変えるのが難しい。
だから選ばなければ。自分が安心して1番輝ける場所を。
「お兄ちゃんはできたの?」
「んー、お兄ちゃんは大学入ってから気づいたよ。だからあまり人に言うなよ。これ極秘事項だから」
「ふふふ。わかった。ありがと」
妹を幸せにできないようではお兄ちゃんと呼ばれる資格はないからね。伝えることは伝えなきゃ。
マンションの前に着くと口をあんぐり開け再び固まる紬。
「お兄ちゃん。なんか詐欺とかしてないよね」
してます。
「資金集めに株やってて、気づいたらこんなになっちゃった。だからもし、家がお金に困ったり、紬の学費で困ったらこっそり連絡ちょうだい。医学部でもなんでも行かせてあげるから」
「医学部目指せる頭してないけど、わかったよ。なんかすごいのだけは。何かあったらお兄ちゃんに頼るよ」
なんとか誤魔化せたか。動きがぎこちなくなってしまった妹を引っ張るのも兄の務め。
玄関のインターホンを押しても返事が返ってこないので飛鳥はまだ寝ているのだろう。これは好都合。鍵を開けて家に入る。
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
紬はパパッと身綺麗にするとすぐに勉強をしたいようで、リビングの机に参考書とノートを開きはじめる。
「何あの大きなエッフェル塔。すごく高価そう」
「あれ車内にあったガムの銀紙製だよ。邪魔ならどかそうか」
「えぇ……。そうなんだ。気になっただけだからいいよそのままで」
すみませんねうちの飛鳥さんが。おてて器用だから手が暇になるとすぐ銀紙剥がして作っちゃうの。
「分からないことあったら遠慮なく聞いてね」
「うん! お兄ちゃんは私が勉強を続けられるように見張ってて!」
向かいの席で別の参考書でも読んでるか。俺も思い出したいし。
パラパラと化学の本をめくる。中和滴定とか懐かしいな。この辺だったら単位見れば計算できるからまだマシか。
「ヌーーーーー!」
突如として飛鳥が起床し体を伸ばしている時の声が
起き抜けでよくこんなに大きな声が出るなぁと少し感心する。
「お兄ちゃん、猛獣飼ってるの?」
「四捨五入して人。寝てて今起きたみたい」
「へぇ、本当に一緒に暮らしてるんだ」
「住み着いちゃった」
「住み着いちゃったってなによ」
本当にいきなり来て住み着いたんですよ。
それでも、いざ一緒に暮らしてみたら特に困りごともなく生活できているので、なんだかんだ俺と飛鳥の相性はいいのだろう。
「おご飯食べたいっ──千秋くんが女の子連れ込んでるっす」
「妹だよ。昨日説明しただろ」
「寝ぼけててよく覚えてないっす」
「とりあえず挨拶しておくれ」
パジャマ姿で寝癖で銀髪をおっ立てた飛鳥が俺の隣に座る。
紬は目をパチクリさせて飛鳥を凝視している。
「如月飛鳥です。17歳、女、千秋くんにお世話してもらってます」
「……五十嵐紬。17歳です。お兄ちゃんがお世話? になってます」
ついに邂逅してしまった。自己紹介で性別言うやつと紬は仲良くできるかな。
「飛鳥ちゃんの髪綺麗だね。染めてるの?」
「地毛っすね。生まれた時から何故か色素が薄いけど、アルビノとかではないっすよ」
「へぇ、可愛いね」
「可愛いっすか! 嬉しいっすね。千秋くんもそう思うっすか?」
「あぁ、可愛いよ」
「へへ」
そのモサモサした寝癖をちゃんと直してたらもっと可愛いね。だから俺の背中に頭擦り付けてくるのやめようね。
それにしても、初っ端からちゃん付けで呼ぶなんてJKのコミュ力恐るべし。男だとそうはいかないぞ。多分。
「飛鳥ちゃんとお兄ちゃん、仲良しなんだね」
「そうっすね。一緒にいてストレスはないっす」
「俺はようやく飛鳥の扱い方がわかってきたところだけどね」
「ふーん。そうだ飛鳥ちゃん、今度2人で遊びに行こうね。お話いっぱい聞かせてよ」
「いいっすよ。JKトークに花咲かせるっす」
飛鳥が何かまずいこと話したりしないだろうか。後で打ち合わせをしなきゃな。
「そういえば、紬ちゃんが解いてるのって数ⅡBっすよね。なら、ここの問題は少し違う気がするっす」
「え! どこ?」
さっきからなんかみてるなと思ったら問題見てたのか。そういえばこいつ現役高校生のリケジョじゃん。もし他人に教えるのが苦じゃなかったら、紬の先生役やって欲しいところだ。俺は恥ずかしながら数学の知識はかなり頭から抜け落ちているから。
「42ページのかっこ3っすね。微積はぶっちゃけ公式ゲーなんでただの計算ミスだと思うっすけど、6分のマイナス1公式と12分の1公式はすっと出るようにした方が楽っす。あとは極限の計算も基本代入するだけっすけど、代入できないなら必ず約分できるとか、基本的なところを整理するとうっかりミスがなくなるっす」
「へぇー! 飛鳥ちゃん勉強できるんだ!」
「こいつ全国2位だぞ」
「えぇー!! すごっ!」
「前々回は1位だったっす!」
その後も、2人で仲良く問題を解きあう様子がリビングで繰り広げられており、俺は完全に蚊帳の外になっていた。
化学、頑張って思い出したのになぁ──結局この日は数学しか解くことはせず、時間が過ぎていった。
「紬、今日どうする? 飛鳥の服あるから泊まることもできるけど」
「うーん。それはまた今度にしようかな。お母さんにも言ってないし」
「そっか。じゃあ家の近くまで送って行くよ」
「私もついて行くっす!」
「……まぁ、いいだろう」
ボサボサの銀髪頭は正直家に置いておきたいが拗ねられるのもめんどくさいので連れて行くことにした。
「飛鳥ちゃんはお兄ちゃんといて楽しい?」
「そうっすね。愛されてるからとても楽しいっす」
「……お兄ちゃん。犯罪は良くないよ」
「保護者としての家族愛みたいなものだから。やましいことは断じてないです」
後部座席で盛り上がる女子2人の声が時々こちらを刺してくる。
でも、俺の話はやめてくれと言うほど空気の読めない人ではないので大人しく刺されておく。
家の近くに着く頃には女子2人の仲が深まるに深まって一緒に銀紙で遊び始めていた──紬はついに飛鳥に毒されてしまったか。レジ袋にガムが増えていく。
「紬、忘れ物ないか?」
「ないよー」
「紬ちゃん。また来てくださいっす。同年代と遊ぶことなんて全然ないんで、今日は楽しかったっす」
「うん! また行くからねー。お兄ちゃんも今日はありがとね。また連絡するから」
「わかった。おばさんにもよろしく」
手をブンブン振り見送る紬を残して、車を発車させる。
体をねじ込み助手席に移動した飛鳥は。少し寂しそうな顔をしていた。
「また来てくれるさ」
「少しだけ家族への憧れが増したっす」
「また一緒に如月家に行ったっていいぞ。飛鳥の弟も会いたがってるだろうしな」
「でも歓迎されないっす」
俺の場合おじさんが暴力を振るってくるだけだが、飛鳥の場合両親ともネグレクトしてるんだもんな心が痛いよな──ん? 一時的にだが俺がいれば家の中に居場所を作れるんじゃないか?
「なぁ、飛鳥」
「なんすか?」
「俺と今度、無理矢理突撃するか。俺の側にいれば飛鳥も気が楽だろ」
「……心の準備ができたらやってみるのもいいかもしれないっす」
やるか。そいでもって弟とトランプとかしようか。
「飛鳥。俺たちは楽しく生きるぞ。楽しい方がいいからな」
「じゃあ今度一緒に出かけるっす。デートのプロの実力が見たいっす」
「任せとけ」
飛鳥の顔が少しだけ明るくなったような気がした。
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