第三章 大我と紀美代の出会い3

 兄である道只は12年前の、紀美代と昭二が所属している組織のコロシアムにて優勝を果たし、その賞金で借金を全て返済したという話しを、昭二から話された。そもそも兄である道只は義理の父親の死の真相を自らつきとめ、昭二へと迫ったとの事だ。



            ▼



「んん~~~~!!? ん~~~!!」

「んん!? ん!? ん~~!!?」

「はいはい、そんな目をしたって、今回依頼してきた人達の気持ちは晴れませんよぉ~~」


 マンション群が立ち並び、駐車場がそれぞれ備え付けられている。その奥、駐車場とマンションの一階の間で、両手を手すりに固定され、両足も固定されている男女が、口にガムテープをされながら子供の方を、男性――紀仁は涙を流し、女性――静江は怒りの顔で見ている。

 子供は細長い針を二つ取り出し、先ずは紀仁の両足から連続で刺していき、プスプスとモモの辺りまで刺す。それだけで紀仁は叫ぶが、ガムテープが周りへと響かせない。子供はそこまで刺したら、一度だけ思い切り太ももに深く刺し込み、静江の方を見る。それだけで静江は、恐怖の顔になる。

 そんな事がされている駐車場では、右腕に強く紐が縛られ、胸を背後から貫かれて横たわり死亡した昭二と、それを見る紀美代がいた。



 今から一時間前。車の中で昭二が死ぬ前に紐を右腕に巻き、延命処置とも言えぬ事をした子供が昭二の携帯を使ってやりとりをしている。


「今から12年前、静江の組も絡んでいる、今の仕事をしていた俺の元に道只君が参戦したのが切っ掛けだ。といっても……向こうは俺の事を覚えてないみたいだったからな。君のように……」

「それじゃ兄は……」

「そう。見事優勝したんだよ。そして賞金を手に取り、全ての借金をチャラにした。が、ここからが問題が発生した。」


 飴玉を舐めながら、前をじっと見ている昭二を横から見ている


「俺がスカウトした選手が、道只君に接触してな……。残った賞金を奪っていったんだ」

「……その選手の名前は?」

「千葉 隼人はやと。現在、別の人間からスカウトをされた、準優勝者だった男だ」


 千葉 隼人。その名前を聞いて、いっさいピンとこない。が、そいつが兄を殺した張本人。


「千葉 隼人ってさぁ~。確か元プロレスラーだったんだけど、暴力沙汰を犯して、尚且つ刑務所に入ったやつじゃなかったっけ?」


 子供が怠そうに携帯をいじりながら喋りかける。浅い呼吸をする昭二は前を見たまま、


「……そうだ。そして根っからの警官嫌いだ……。それも最悪な事に、当時捕まえたのが、君の兄だったからな」

「兄さんが? その千葉 隼人を捕まえた?」

「そうだ。……警官になる為の勉強をしていた君の兄、道只君は、捕縛ほばく術を使用し千葉 隼人を刑務所へ送った。ただ俺達スカウトマンってのは、刑務所勤め相手でも効力があるヤバい組織だ……。そんな繋がりがあるとは知らず……俺は千葉 隼人をスカウトしてしまった……。負けた千葉 隼人は刑務所に戻らず逃走、道只君の居場所を特定し殺害後、自殺として処理させるために首吊りに見せかけ、俺の前に戻ってきた。……嬉しそうに言ってたよ。復讐は果せたってな……。馬鹿げてる……」


 昭二がゆっくりと目を閉じそうになる。子供は、もう何もしない。


「いや、馬鹿げてるのは俺もか……。――おい、ガキ」

「ん? なぁにぃ」

「あの二人を、殺すんだろ? だったらせめて……俺と同じように苦しめて殺せ……」

「そのつもりだからいいけど、仮にも自分の息子でしょ? 義理の娘は知らんけど」


 紀美代はじっと昭二を見る。見た状態で、最後の質問をする。


「お義父さんの最後、どんな感じでした?」

「――……最後も、お前ら兄妹の……自慢……ばなし……だったよ――」


 そこで昭二の手が落ち、深く座り、息が聞こえなくなる。それだけで分かる。死亡したんだ、と。今になって、自分のスーツに血が付着しているのを思い出す。

 子供が何かを引き抜く動作をすると、貫いていた二つの刃が抜かれる。子供の手には刃が付いた物はないが、鉄の棒が持たれている。


「悲しいお話しをするのもいいけど、今は前を向いた方がいいんじゃない? 今回は依頼で僕がこのおじさんを殺しちゃったけども。それと、息子と義理の娘~~というか、諸悪の根源? 静江殺しやらなくちゃあね」

「……君、子供なのに誰かを殺すの?」

「そうだよ。まぁ普通はないだろうけどねぇ。いやぁ、おじさんが死ぬまでの調整が出来て良かった良かった。ちなみに、おじさんとあと二人を殺す理由は、12年前に死んだ道只さんの警察学校でのお友達、今は四課に配属されている人からの依頼で、僕が動いている感じ~~。正確には、他にも動いているんだけど、僕が動いた方がいいよ~~って立候補した感じ。さて、さっきの話しを聞く限り、お姉さん達はどうやら僕が持っている情報以上の何かをしているようだけど……」


 身体を前に出し、紀美代を見る。紀美代は少し後ろに下がるが、すぐ笑みになる。


「今はいいや。目的は組事務所の殲滅と~~、遠藤 昭二、遠藤 紀仁と遠藤 静江の殺害、んで、薬物を売買している売人達を殺しちゃうって感じ~~」


 再び身体を後部座席に預けて、前を見る。カーナビは、紀仁と静江の方がいるマンションに矢印を指している。今の私の仕事は、亡くなった昭二先輩の言っていたように、スカウトマン。それもとあるコロシアムの出場者を決める為の……。ただ、それが私にとって、まさか復讐劇になるとは、考えもしなかった。


「さぁ、お姉さん。行きましょ~~。なんか人が死ぬ所見慣れてるっぽいし、死体が横にあってもドライブは大丈夫でしょ?」

「……見慣れるわけないでしょ? こんな至近距離で殺しを見せつけられたら」

「忘れればいいじゃない。んじゃ、よろしくねぇ~~」


 無邪気に言いながら、目的地だけを言っている。こっちに危害を加えないというのを信じてみよう。



 それから一時間後、子供に言われた通りに駐車場の真ん中に車を停止させ、その車に気付いた二人が近づいてきた所を、子供とは思えない力で一階の手摺部分まで何か紐の様なもので引っ張って即座に拘束をし、ガムテープを口に貼って現在に至る。


「そのおじさん、そこらへんで横にしておいて~~。これは見せしめにもなるからさぁ」


 奥から子供が歩いてきた。それを見た紀美代が、疲れた顔で子供を見る。


「二人は?」

「最後に首をパカッてやって、血を噴出させて殺したよ。さてさて、それじゃ僕はこれから、売人の所まで行かないといけないからさ」


 そう言って子供は歩き出して、ポケットに手を突っ込み何かを取り出す。そして一枚の紙を紀美代に渡す。


「これは?」

「僕の家の電話番号。もしも僕に用があったらそこに電話してよ。合言葉は、薬物撲滅殺人、で。よろしくねぇ~~」


 子供はそう言って歩き始める。目線は子供の方へ行くが、途中でバイクが子供の前で止まり、そのバイクに乗ってそのまま走り出す。紀美代は、渡された紙を見る。そこには電話番号と名前が書かれていた。

 白濱しらはま 大我たいが、と。


            ▼


 次の日、こちらの部署内……というよりかは、スカウトマンとしての間で、遠藤 昭二の死亡で話しが持ちきりになった。葬式をあげたいが、組織上表立って出来ずに、こちらとは無関係として貫くとのことらしい。一緒に出掛けた紀美代は、昨晩何が起きたのかを、所長に報告する為に所長室へと入り、今は簡単な質問をされている状況だ。


「つまり、知らない子供が昭二君だけでなく、スカウトに向かった組、息子夫婦を殺害した、と?」

「はい」

「……信じられんな。外の情報を見る限りだと、複数犯だとされている。私は君の言葉を信用出来ないというわけではないが……子供がやったという言葉をそのまま鵜呑みにも出来ないんだ。すまない」


 所長が頭を下げた。紀美代は少し慌てながらも、頭を上げてください、と答える。


「しかし、昭二君にはこんな裏があったとは。下手をすれば、私達にも被害が及んでいた可能性があった。それを考えれば、君は不幸中の幸いなのだろう」

「いえ。私はただ、生かされただけですから。……所長」

「何かね?」

「所長は、私の兄である千波 道只が、かつてコロシアムに出場していた事は、ご存じでしたか?」

「――確かに私は知っていた。調べは付いていたからね。が、当時の私はここの所長ではなく、君と同じスカウトマンだった。それも時期は10年前からだから、君のお兄さんが優勝した年には私はまだ、この組織とは関わっていなかった。だから情報だけなら知っていた」


 そう言って、テーブルの上に置かれている湯呑に入っているお茶を一口飲み、テーブルに置く。


「君の関係者というのも知ったのも、君が入ってから暫くしてからだ。嘗ての優勝者に、同じ千波が居たな……という事くらいだが。調べたら君のお兄さんだった……が、それを教えるのは――」

「守秘義務、ですよね。分かっています。ただ、所長が知っていたのかどうか知りたかっただけですので」

「すまない。しかし困った。彼が連れてくる人間が、君の言うように子供によって殺されたのならば、別の人間に頼むしかない」


 左手で頭を抱えてそういうと、紀美代は真っ直ぐ所長を見直す。


「所長。私に一人、心当たりがあります」

「ん?」

「私が言った、例の子供です」

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