第二章 大我と紀美代の出会い2

 私の兄、千波せんば 道只みちただは警察官だった。小さい頃から刑事を目指し、毎日のように刑事に必要な技能を勉強していた程に憧れていた。そうなったのはとても単純な事。小さい頃に、両親がとある殺人事件に巻き込まれて亡くなったのが原因で、その時に助けてくれたのが、兄が目指す刑事の家でもある千波家だった。

 千波家は私達を養子に迎え、生きる為に大事な事を教えてくれた。それは決して、人を裏切ってはならない事だ。人助けをし、誰かに感謝される人間になれ。それが千波家が教えてくれた魔法の言葉であり……兄と私の支えだった。



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「今から15年前、お姉さんは高校生に、お兄さんは警察官に見事になった。それには義理の父親も嬉しそうだったと、親馬鹿だったと周りの警察関係者からも近所のご婦人達からも情報を得ている。そんなお兄さんに、一人の同僚がいた。それが遠藤 紀仁のりひと。今の若頭補佐でもあり薬の売買の元がまさかの元警察官だったなんてねぇ。しかも、お兄さんの幼馴染でもあり恋人だった静江は当時、お姉さんの同級生でもあった。不思議な縁だよねぇ、これって。あ、これは僕の叔父からの調査結果だから、お姉さんは聞いているだけでいいよ。おじさんもね~。まだ生きてるでしょ~」


 カーナビを頼りに車を走らせている千波 紀美代と、もはやこと切れる一歩手前の昭二が話しを聞いている。


「それから1年後のとある日……というより、なぜこうなったのかという結果が明らかになった日。警察関係者の中で、とある組と薬物の売買をしているという情報が組から漏れて、一斉に捜索が始まった。それが当時、お姉さんとお兄さんを助けた刑事と同じだった昭二さん、アンタだ」


 子供は寝かせない様に左足で、刺している物体を動かしている。


「これは困った! どうしよう! 刑事として素晴らしい結果はアイツが持って行って、俺の手柄は何にもない! 出来るとしたら薬を売るくらいしか出来ない! と、考えていたであろうおじさんは、その薬売買の証拠を全て、二人の父親だった刑事に差し向けるように偽装工作をして、息子である紀仁を利用し、自殺に見せかけて殺した。それが当時、刑事内を一時的に騒然とさせ世間を賑わせた、刑事薬物売買事件。いやぁ見事だったねぇおじさん。頑張って仕組んだ偽装工作は全て成功に収めた! が、厄介な相手が出てきた。それが養子であり義理の息子、娘でもある、道只さんと紀美代さんだった」


 紀美代は運転をしながら、ただただ聞いているだけ。ただ、聞いているだけでも怒りが湧いてくる。先輩が、まさかおじさんと同じ刑事の人で、殺した犯人だったなんて……と。


「道只さんと紀美代さんはバッシングにあった……と思いきや、世間はこの二人ではなく警察に目を向けた。そりゃそうだ。全て成功に収めた偽装工作だったが、余りにも完璧すぎるが故に、二人の父親の性格や行動に疑問視をする警察内部の人達と、二人を救い近所からだけでなくネット民からも援護射撃をされるかのように……バンバン! とマスコミが警察に矛先を向けた!」


 銃を打つ構えをし、二回撃った。それも嬉しそうに。


「そして警察内部でも、この偽装工作だという提案が出され、捜査が始まった。だけど、これを機に変わっていった者達がいる。それがお兄さんと紀仁の関係だ。紀仁は父親であるおじさんの手助けをする中で薬物売買に手を出し、同じように隠れて売人を始めていた。それもおじさん経由だからちゃんとしている。悪い事に、紀仁は幼馴染である静江さんに惚れてしまった。だが、おじさんと同じでお兄さんには勝てなかった紀仁は、おじさんと同じように偽装工作をし、薬物の売人の疑いをかけるようにした――だけじゃ足りないので、お金欲しさに闇金融と手を組み、一緒に飲みに行った際に睡眠導入剤を混入して、眠らせたお兄さんに多額の借金を背負わせた~~たぁ!」


 子供は両手を広げて嬉しそうに語る。それとは裏腹に昭二は死にそうになりながらも苦痛で死ねず、紀美代は目に涙を浮かべてしまい、途中で端に寄せて車を停めた。


「起きた時には、あら不思議。多額の借金と薬物の売人扱いによって警察内部で吹かれ、息子の多額の借金を返済させるために父親も加担していたというシナリオに変わった。可哀想に、可哀想に。そればかりか、お兄さんの道只さんは静江さんを親友である紀仁に寝取られ、心身共に疲労し、回復出来ずにバッシングの嵐や荒らしに会い、2年後に自殺した……」


 そこで子供が前へと出て、昭二を見る。


「が! 面白いのがここから。実はこれ、全て静江が考えたシナリオでした!!」

「――え?」

「……何故――」

「分かったのかって? それは教えられないなぁ~」


 子供の更なる笑顔の発言に、紀美代は呆然とした声を出し、昭二は目を見開かせて訪うた。何故、と。


「静江って女は悪女だねぇ。元々があの組の娘だって話しじゃな~~い? その静江って女から持ち掛けられたんだろ? しかも良い女を演出する為に、演技として道只さんを利用してさぁ。この話しで一番得しているのはいったい誰なんだろうと考えた時、頭の中で全然出てこなかったのが、まさかまさかの静江が組で成り上がる為のシナリオだったなんて、面白いよねぇ~」


 子供は、ケタケタと笑い始めて天井を見た。紀美代は昭二を見るだけで、それだけで何もしない。出来ない。


「そして静江は見事、本家である組のおかみさんになる道を歩いている。いやぁ素晴らしいシナリオだ。まだまだ途中だけど、彼女は頭がいい。実に、凡骨と無能と智将の使い方を分かってらっしゃる! 僕には考えられないよ~、こんな大芝居を、当時20歳にも満たない少女がやってのけた事に。そんな彼女は現在32才。こちらのお姉さんと同じ年齢だ~」


 その言葉に、昭二は顔を前に向ける。紀美代は、昭二を見たまま。


「……知ってたんですか? 先輩」

「……」

「知ってたんですかって言っているんですよ!!」


 紀美代の怒声が車内に響く。子供はそれを分かっていたのか背後に飛び、両耳を塞いでいた。昭二は、己の、突然舞い込んできた最後の瞬間を悟り、重い口を開けた。


「君が、こっち側に来た時は驚いた。まさかあの時の……お嬢ちゃんが、俺の前に現れるなんてな、て……」


 血は止まっていない。腕の血が無くなるまでの間しか喋れない。


「このガキの言う通り……あのお嬢ちゃんの……静江の誘いに乗った……いや、乗せられた」

「……乗せられた? どういう事ですか」

「このおじさんも、お兄さんである道只さんと同じように多額の借金をさせられたんだよねぇ~」


 紀美代は子供を見た。子供はニカニカと笑みのまま――ではなく、真顔で。


「さっき言ったでしょ? 全ては静江のシナリオ通りって。このおじさんも、云わば被害者だったわけ。だけどやっちゃったことは罪になるわけだから、罪人には変わりないよ。ねぇ~、おじさん」

「……そうだな。俺も、罪人だ。息子も……な。ハメられたと言えば奇麗事に繋がるかも知れないが……」


 今になって腕を心臓よりも高い位置にやり、残っている腕で強く握り血が出ない様にする。が、無駄な抵抗であると分かっている。それでも昭二は喋りきるまでは生きる事を選択した。


「お前の親父さんが眩しくてなぁ……。追いかけたもんだよ。けど、俺はそんな利口じゃねぇから……あの女に上手くやられちまった」

「……お父さんを殺したのは、先輩ですか?」

「……そうだ。俺が、寝かしたあいつの手でこめかみに拳銃を当てて、引き金を引いた張本人だ」

「ッ!!」


 紀美代は、殴ろうかと思った。だが、殴らなかった。この人も被害者であり、ここまで大きな秘密を抱えていた人間だったからだ。まさか憎んでいた人が……人達が、あの女のせいだったなんて。


「そして……お前の兄を殺したのも……俺だ」

「――――――え?」


 紀美代は、急な兄の死の真相を言われて、混乱した。これには子供も前に出てきた。


「それそれ~。こっちでも調べたんだけど、全然答えが出なかったんだよねぇ。自殺を偽装されたのは分かってたんだけど、ただの自殺じゃない。さっき、2年後に自殺したって言ったけど、明らかにおかしい部分があった。だって、お兄さんの借金が全て完済されてたんだから」

「……完済されてた?」

「っそ。なんでだろうなぁって。少なくとも、もう借金に苦しむ必要性はなくなったわけじゃない? だったらなんで、自殺という選択肢をとったのか……いや、偽装されたのか。その部分、詳しく分かってるんじゃない? 死ぬ前にさぁいいなよぉ。どうせ君の息子と静江って奴も、僕が殺すからさ」

「……孫には手を出すなよ、ガキ。そしたら話してやる」


 その言葉を聞いた子供は口許を笑みにしながら、了解、と口にした。


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