第一章 大我と紀美代の出会い1

 千波せんば 紀美代きみよは、とある住宅街にて子供を探していた。その子供は先日、かつて兄の千波 道只みちただを裏切り捨てた親友と、その裏切者に付いていった兄の婚約者だった女を殺してくれた、恩人だ。いや、勝手に恩人扱いするのは良くないだろう。しかし、恩人には変わりない。



            ▼▼▼



 事の経緯は、その親友がヤクザ者でそれなりに良い地位へ昇り、若頭候補の一人として行動しているとの話しを、職場の先輩から聞いた。更にはその組から一人、コロシアムという名の能力を与えられた状態で戦わせる舞台へと送り出すという話しを聞いた。それを聞いた紀美代は、居ても立ってもいられずに同行を志願し、その組へ向かった。


 数時間後、その組の前、立派な和風の邸宅へと来た。が、紀美代だけは入れなかった。中にあの若頭……兄を裏切った親友がいるというのなら、一度でいいから会って見たかった。どんなに立派になろうとも、お前のやった行いはいつか凄惨な末路となって返っていく。そう心の中で叫びたかった。だが、実際に会えばどうなるのか分からない。きっと名前を聞いただけで誰の妹か分かるだろうから、むしろ行かなくて良かったのかも知れない。志願したというのに、ただの運転手としての役割で終わりそうだ。

 ふと、左側を一つの物体が通っていった。なんだ? と思って窓を開けて見る。一瞬だけだったが、小さな子供が光る何かを持って組事務所の中に入っていった。誰かの子供だろうか? そう思い窓を閉めきろうとした――。


「!?」


 中から銃声の音がした。それも数発。ここはご近所にも近いのに、銃を撃った? それだけでも法律に引っかかるのに、何が起きた? 交渉決裂? 先輩は? さっきの子供は大丈夫? 色んな事が巡ってしまう。だが、今はそんな事を考えている場合じゃない。


「先輩を助けなくちゃ……!」


 そう発言した直後にドアを開けて、近隣住民が出て来る前に先輩を発見しなくてはならない。即座に組事務所の中へと入ろうと扉が開いている邸宅へと入れば、その時点で異常な事が起きている事が分かった。


「うっ!?」


 組事務所の出入り口の扉の門番をしていたのであろう男二人が、喉から血を流して倒れている。それも、二人共首の左右から血が流れているところを見るに、一度刺した後に左右へと斬られているのが分かる。だが、こういうのは見慣れている……と言いたい。今の職場では、映像だけではあるが殺される映像が流されていた。だが、現実となると違うものが込み上げてくる。吐き気もそうだが、今はそう考えてはいられない。先輩を探すところからやらなければ!

 中へと入り、非常事態の為に靴のまま上がる。先輩の靴が置いてあるので中にいるのは確実だ。部屋は……真っ直ぐは階段と前へ向かう床、左右のどっちかになる。どっちだ?


「く、来るな! このクソガキが!」


 左から声がした。その声の方向へ自然と身体を向けていた。そちらに向かって走り出そうとした……が、身体がそれを拒否するかのように足を止めた。何故? どうして?


「紀美代君、こっちだ」


 ふと声が右から聞こえた。そっちを見れば、階段下に先輩が隠れていた。


「先輩!」


 良かったと思い先輩に近付き、同じように階段下に隠れる。


「何があったんですか? 銃声があったので慌てて入って来ましたが……」

「俺にも分からねぇよ。ただ、俺がここの組長と話し合いをしている最中に子供が入って来てよ。それを俺が確認したら、急に拳銃を構えて組長の額を撃ち抜きやがったんだ。そこからもう、血生臭い事態発生だ。俺は途中で退散したが……最後に見たのは、俺がスカウトしたかった男の首が鉄の棒で殴り飛んだところだな。しかも千切れて頭部が壁にぐしゃりだ。思い出しただけでも嫌な思いしかねぇ」

「そうでしたか……。私、さっき子供が入っていったのでここの子供なのかと……」

「分からねぇよ、そんなの。それよりも、ここから逃げるぞ」

「――はい」


 銃声は子供がやった事で、後は子供とは思えない行動により始まった……ように聞こえる。廊下へと出て玄関へ。誰もいないのを確認して先輩は靴を履いて外へ。玄関の前で死んでいる男二人を見て多少驚きつつ外へ。誰もまだ来ていないのを確認して、車の中へと入り、シートベルトを付けて直ぐに発進する。逃げるように……いや、逃げる為に。


「これからどうするんですか? 先輩」

「どうするもこうするもねぇよ。俺だってなんでこうなったのか分からねぇんだからよ。いきなりカチコミ? が始まるなんざ想像も出来ねぇ。けど、これじゃあ選手としてお願いは出来なくなったな。ったく、あの子供のおかげでパァだ」

「……その子供、どうしてあんな事をしたんですかね」

「知らねぇよ。知りたくもねぇよ、そんなの。ただ……そこらの子供とは違ったからな」

「違う、ですか?」


 道路へと続く道に差し掛かり、赤信号になったのを確認して止まる。男性職員は懐から飴玉の入った袋を取り出し、袋から飴玉を取り出して口の中に入れる。


「そうだ。こう……無邪気な顔ってあるだろ? 子供特有の。それがあの子供にはなかったな。まるで――」

「はいうるさい」


 背後から声がした。止まっているので後ろを見ようとした時には、助手席に座っていた職場の先輩の胸元から二つの刃が出現しており、何が起きたのか分からなかった。


「がぁ!? な、何が……起きて――」

「逃げちゃ駄目だよ、共犯者さん。君が、遠藤 紀仁のりひとと遠藤 静江しずえっていう人と繋がりがあるのは知っているんだから」

「!?」


 紀美代はその名前を聞いて、昔を思い出した。それは十数年前の……。


「ほらお姉さん、青になったよ。走って」

「ッ」


 その子供の言う通りに車を走らせ、進路を曲がり真っ直ぐに走り出す。声の主が前に出てきたかと思えば、職場の先輩の懐から携帯を取り出す。先輩は痛みに耐えながら、バックミラーを見る。


「て、てめぇ……。いったいいつの間に……」

「ずっとだよ。君達がこそこそと出てきた辺りにはもう車の中に居たかなぁ。あぁそうそう、今頃組の人達は全員、漏れなく殺しておいたから。害虫とは言わずとも、あそこって薬の売買~をしてたからね。それで利益を得ている。んで、それを指揮しているのが、さっきいった遠藤 紀仁と静江って男女ね。いい歳して薬を使って人間駄目にするなんて、最低だよねぇ~。そう思うよね、おじさ~……ん!」


 背後から蹴ったのか、刺さっている刃物が上下に動いた。その動きに上司は顔を苦痛にさせ、声を出さない様に我慢している。


「遠藤 昭二しょうじさん。君、紀仁の父親だよね?」

「え!?」


 紀美代が驚く声を出す。昭二と言われた同僚の先輩は口から血を流し、霞む目でバックミラーの子供を見ている。子供は携帯を弄りながら、


「昭二さん、裏で息子さんのお手伝いしているらしいじゃない。なんか別の? 愛人との間に出来たお子さんの養育費の為にお金が必要だったとか。今の仕事がなんなのか知らないけど、駄目だよねぇ、そういうのさぁ、やっちゃ。今の仕事を真っ当にやって、薬なんかに負けずに胸を張って働いて、ちゃあんとお金を稼いでさ? 養育費として出せば良かったんだ。じゃなきゃ、薬によって壊された人達から恨まれずに……いや~? 組は変わらずの結果にはなっただろうけど、君だけは生きていただろうに。あ、今の言い方をするって事は、紀仁と静江はどうなるのか気になる感じ?」


 子供が前に出て昭二を見る。昭二はゆっくりと子供を見る。その子供の顔は笑顔だ。


「地獄には落ちるかなぁって! よっと!」


 背後へと軽く飛び、後部座席に座る。携帯を弄りながら、


「お姉さ~ん」

「……何かしら?」

「お姉さんの調べはある程度付いてるから安心していいよ、殺さないから。ただ、行ってほしい場所があるんだぁ~あ?」


 そう言って少年は身を前に出して、車に備え付けられているカーナビを勝手に操作する。そこには、とある場所が打ち込まれている。そこは、一つのマンションだ。


「……そこは?」

「さっき言った、二人が住んでる場所。今の二人、お子さんが三人いるみたいだけど、駐車場に来るように呼び出した」

「……てめぇ……俺の息子に、何する気だ……」


 昭二が右手で子供の服を握る――が、その右手が突如反対側へ飛ぶ。昭二は唖然としていたが、目に見える右腕に、手が付いていなかった。


「何する気だ、じゃなくて、何かをする気だ、ね? ”かを”が足りないよ”かを”が」

「ぐあぁ!?」


 血が噴き出し、昭二側が血で染まる。流石の昭二もこれには声を上げ、紀美代も恐怖を覚えた。こんなにも簡単に人を刺したり、腕を何かで斬ったであろうそんな事が簡単に出来るのだろうか。昭二の血が紀美代の服や顔にも付くが、子供は笑顔で紀美代を見て、


「大丈夫だよ、君には何もしないから。さぁ行こう!! 悪党の総本山へ!!」


 元気に声を出す子供とは違い、紀美代は恐怖とは別に、これから会う二人の――兄を裏切った二人の元へと向かう。小さな怒りを灯し始めながら……。

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