番外編「甘い朝と薬草の香り」

 結婚から半年が過ぎたある朝。

 アシュレイが目を覚ますと、隣には愛しい番の姿がなかった。

 微かに残る甘い香りを辿って、アシュレイはベッドを抜け出した。


 向かった先は、王宮の一角に新設された薬草園だった。

 そこには、朝日を浴びながら、楽しそうに土いじりをするフィンの姿があった。

 王配となっても、フィンは薬師としての仕事を続けている。

 ただ、以前のような孤独な作業ではなく、今は若い見習いたちに囲まれ、指導をしながらの作業だ。


「フィン」


 声をかけると、フィンが顔を上げ、花が咲くような笑顔を見せた。


「アッシュ! 起きたんですか? まだ早いのに」


「君がいないと、ベッドが寒くてね」


 アシュレイが冗談めかして言うと、周りの見習いたちが顔を赤らめてそそくさと去っていく。

 二人きりになった薬草園で、アシュレイはフィンを背後から抱きしめた。


「働き者なのはいいが、俺との時間も大切にしてくれよ?」


「ふふ、もう。毎日一緒にいるじゃないですか」


 フィンは土のついた手袋を外し、アシュレイの頬に手を添えた。


「それに、今日は特別なハーブティーを淹れようと思って、摘みに来たんです」


「特別な?」


「ええ。疲労回復と……滋養強壮に効くやつです」


 フィンが悪戯っぽく微笑むと、アシュレイは目を丸くし、それから声を上げて笑った。


「それは楽しみだ。期待していいんだな?」


「もちろんです。……あ、でも、あまり効きすぎても困りますけど」


「手加減はしないよ。君が魅力的すぎるのがいけない」


 アシュレイはフィンの唇を塞いだ。

 朝の澄んだ空気の中で、土と緑の香りに包まれながら、二人は甘い時間を過ごす。

 王としての重責も、日々の忙しさも、この瞬間だけは遠くへ消えていく。

 ただ、互いの体温と愛だけがある。


「愛してるよ、フィン」


「私もです、アッシュ」


 木漏れ日が二人を優しく照らし出していた。

 それは、森の小屋で過ごしたあの日々と変わらない、穏やかで、何よりも満たされた幸福の光景だった。

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