第10話「王宮の薬師」

 王都でも奇病は蔓延していた。

 スラム街を中心に感染が広がり、王宮の医務室もパンク寸前だった。

 フィンは、街外れの診療所でボランティアとして働き始めた。

 的確な診断と、独自の調合による薬の効果は劇的で、瞬く間に評判となった。


 その噂は、王宮の筆頭薬師長の耳にも届いた。


「君が、噂の『森の薬師』かね?」


 診療所を訪れたのは、白衣をまとった厳格そうな老紳士だった。

 フィンは緊張しながらも、丁寧に治療法と薬の成分を説明した。

 老紳士は最初こそ懐疑的だったが、フィンの知識の深さと、患者に対する真摯な姿勢を見て、目を見張った。


「素晴らしい。既存の医学にとらわれない、柔軟な発想だ。特にこの調合は、我々には思いつかなかった」


 老紳士――ガランド薬師長は、感嘆のため息をついた。


「王宮へ来てくれないか? 今、城内でも原因不明の病人が出ていて、人手が足りないのだ」


 願ってもない申し出だった。

 フィンは深く頭を下げた。


「喜んで。私にできることなら、何でもさせてください」


 王宮に入ったフィンは、その広さと華やかさに圧倒されたが、怯んでいる暇はなかった。

 次々と運ばれてくる患者たち。

 その中には、騎士や宮廷の使用人も含まれていた。


 フィンは寝る間も惜しんで働いた。

 彼の作る薬湯は、苦しみを取り除き、人々に安らぎを与えた。

「新しい薬師様は、魔法使いのようだ」

 そんな声が、城内で囁かれ始めた。


 ある夜、深夜の調合室で一人、薬草を刻んでいたフィンの元へ、ガランドがやってきた。


「フィン君、少し休みなさい。君が倒れては元も子もない」


「大丈夫です。……それに、早くこの病を根絶しなければ、あの方の……アシュレイ殿下の負担になってしまいますから」


 思わず口をついて出た名前に、ガランドは目を細めた。


「君は、殿下をご存知なのか?」


「……一方的に、お慕いしているだけです」


 フィンは寂しげに笑った。

 ガランドは何かを察したように頷き、それ以上は聞かなかった。

 だが翌日、ガランドはフィンに一枚の辞令を渡した。


「国王陛下の容体が急変した。殿下が、最も信頼できる薬師を求めている。……行ってきなさい」


 フィンは辞令を握りしめた。

 ついに、彼に会える。

 だが、それは医師と患者の家族としてだ。

 フィンは深呼吸をし、身なりを整えると、王の寝所へと向かった。

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