第9話「決意の旅路」

 フィンは森を出た。

 住み慣れた小屋を後にし、国境を越える旅に出たのだ。

 背負った荷物には、採取できる限りの薬草と、調合道具が詰め込まれていた。


 道中、フィンは多くの人々と出会った。

 国境付近の村々は貧しく、例の奇病に人々が苦しんでいた。

 フィンはその一つ一つの村に立ち寄り、持てる知識を総動員して治療を行った。


「王家の紫苑」はもう手元にはない。

 だが、フィンの薬師としての経験は、代替薬を作ることを可能にしていた。

 完全な特効薬ではなくとも、症状を抑え、体力を回復させる薬。

 フィンの献身的な治療は、行く先々で評判となり、いつしか「森の聖者」という噂となって広まっていった。


「先生、次は王都へ行かれるのですか?」


「ええ。そこで、やらなければならないことがあるんです」


 ある村の長老に尋ねられ、フィンは力強く答えた。

 旅をする中で、フィンは強くなっていた。

 ただ守られるだけの存在ではない。

 自分にもできることがある。

 その自信が、フィンの顔つきを精悍なものに変えていた。


 ヴァレンティスの王都に到着した日、街は異様な雰囲気に包まれていた。

 兵士たちが慌ただしく行き交い、人々の顔には不安の色が濃い。


「何かあったんですか?」


 フィンが街の人に尋ねると、小声で教えてくれた。


「王宮で、大規模な粛清が始まるらしい。アシュレイ王子が、公爵家の不正を暴いたんだとか……」


 心臓が早鐘を打つ。

 アシュレイが戦っている。

 孤独に、巨大な悪と戦っているのだ。


『急がなきゃ』


 フィンは王宮へと続く大通りを見上げた。

 遠くに見える尖塔。

 あそこに彼がいる。

 フィンはフードを目深にかぶり、人混みの中へと足を踏み入れた。

 ただの再会ではない。

 彼を支えるために、ここに来たのだという誇りを胸に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る