第8話「黄金の鳥籠」

 ヴァレンティスの王宮は、豪華絢爛な装飾に彩られていたが、アシュレイにとっては冷たい牢獄のような場所だった。

 帰還したアシュレイを待っていたのは、父王の病と、実権を握ろうとする公爵家の圧力だった。


「ご無事で何よりです、アシュレイ殿下」


 白々しく挨拶をしてきたのは、婚約者イザベラの父、バルザック公爵だ。

 彼こそが、アシュレイの暗殺を企てた張本人であることは明白だったが、証拠がない。

 アシュレイは仮面のような笑みを張り付け、公爵の手を握り返した。


「ああ、心配をかけたな。だが、地獄の淵から這い戻ってきた。そう簡単には死なないさ」


 公爵の眉がピクリと動く。

 アシュレイは王宮内で、記憶喪失だった間のことを一切口外していなかった。

 ただ「療養していた」とだけ伝え、虎視眈々と反撃の機会を窺っていたのだ。


 公務の合間、アシュレイは自室の窓から北の空を見上げた。

 あの森の空は、ここよりもずっと高く、青かった。

 フィンの笑顔。

 薬草の香り。

 温かいスープの味。

 それらが、殺伐とした王宮生活の中で、唯一のアシュレイの精神を支えていた。


「殿下、イザベラ様がお見えです」


「……通せ」


 部屋に入ってきたイザベラは、扇で口元を隠しながら、品定めするような目でアシュレイを見た。

 彼女もまた、父親の駒に過ぎないが、その野心は父親譲りだ。


「お帰りなさいませ。結婚式の準備は滞りなく進んでおりますわ」


「……そうか。だが、父上の病が癒えぬうちは、派手な挙式は控えるべきだろう」


「あら、国民は新しい王の誕生を待ち望んでおりますのに」


 会話の端々に棘がある。

 アシュレイは疲労を感じながらも、決して隙を見せなかった。

 彼が戦う理由は、ただ一つ。

 この国を浄化し、誰もが安心して暮らせる場所にするため。

 そして、その場所にフィンを迎え入れるためだ。


『待っていてくれ、フィン。必ず、迎えに行く』


 アシュレイは拳を握りしめた。

 その指には、森を出る時にこっそりと持ち出した、フィンの作った木彫りの小さな鳥が握られていた。

 それは、二人の絆の証であり、アシュレイの誓いそのものだった。

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