第12話「世界で一番のプロポーズ」

 私の答えを聞いたクロード様は、子供のように嬉しそうで、それでいて少し照れたような、今まで見たことのない顔で笑った。

 そして、彼は私の左手の薬指に、そっと指輪をはめてくれた。

 ダイヤモンドが広場の灯りを反射して、きらきらと虹色に輝く。

 それはまるで、私たちの未来を祝福しているかのようだった。


「ありがとう、リリア。生涯、君を幸せにすると誓う」


「はい……私も、クロード様を、お支えします」


 涙で声が震えてしまったけれど、私の気持ちは、きっと彼に伝わったはずだ。

 沸き起こる歓声は、しばらく鳴りやまなかった。

 領民たちは皆、満面の笑みで私たちに手を振ってくれている。

 その中には、私が生活の知恵を教えた村の女性たちや、特産品作りを手伝った村長たちの顔もあった。

 彼らの温かい眼差しが、何よりも嬉しかった。


 この北の地に来てから、私はたくさんのものをもらった。

 新しい居場所、やりがいのある仕事、そして、自分に自信を持つ勇気。

 そのすべてをくれたのが、目の前にいるクロード様だった。


 式典が終わった後、私たちは城のバルコニーで、二人きりの時間を過ごしていた。

 夜空には、満月と、数えきれないほどの星が輝いている。

 王都で見る空よりも、ずっと星が近くて大きく見える気がした。


「寒くないか?」


 クロード様が、自分のマントで私の肩をそっと包んでくれた。

 彼の体温が伝わり、心地よい温かさに満たされる。


「大丈夫です。……夢みたいです。私が、公爵夫人になるなんて」


「夢ではない。これが現実だ」


 彼は私の隣に立ち、同じように夜空を見上げた。


「俺の方こそ、夢のようだ。君のような女性が、俺の妻になってくれるとは」


「そんなこと……」


「本当だ。初めて君を見た時から、ずっと気になっていた」


 彼の突然の告白に、私は驚いて顔を上げた。


「初めて……というと、王宮で、ですか?」


「ああ。アリアンヌ嬢の影に隠れて、黙々と彼女の失敗を処理している君を見ていた。誰も君の功績に気づかない中で、君だけが、あの腐敗した宮廷の中で、唯一まともな仕事をしているように見えた」


 だから、彼はいつもアリアンヌ様が問題を起こすたびに、私の前に現れたのだろうか。

 私を叱責していたあの言葉の裏には、別の感情が隠されていたのだろうか。


「俺は、君をあの場所から救い出したかった。だが、君のベルンシュタイン公爵家への忠誠心は、あまりにも強固だった。だから、機会を待つしかなかったんだ」


 あの舞踏会の夜。

 アリアンヌ様に裏切られ、すべてを失ったあの夜が、皮肉にも、彼にとっては唯一の好機だったのだ。


「君を追放したアラン殿下には、今となっては感謝している。彼が愚かな決断をしてくれなければ、君を手に入れることはできなかっただろうからな」


 彼はそう言って、悪戯っぽく笑った。氷の公爵が見せる、初めて見る表情だった。


「クロード様……」


「これからは、クロードと呼んでほしい」


「……クロードさん」


 名前を呼ぶと、彼は満足そうにうなずき、私の手を強く握った。


「リリア。俺は、君がこれまで背負ってきたすべての苦労を、これからの幸せで塗り替えてみせる。君が流した涙の数以上に、君を笑顔にしてみせる」


 その言葉は、どんな甘い愛の囁きよりも、私の心に響いた。

 この人は、本当に私のすべてを理解し、受け入れてくれようとしている。


 私は、彼の胸に顔をうずめた。


「ありがとうございます……クロードさん。私、世界で一番、幸せです」


 かつての地味な侍女は、もうどこにもいない。

 今ここにいるのは、誰よりも深く愛され、光り輝く未来を約束された、一人の女性だ。

 私たちの物語は、まだ始まったばかり。

 この北の地で、愛する人と共に、私は新しい人生を歩んでいく。


 その頃。

 王都の荒れ果てた公爵家の屋敷で、一枚の報告書を握りしめ、震えている女性がいた。

 アリアンヌ・フォン・ベルンシュタイン。

 リリアとクロードの婚約の報せは、彼女の最後のプライドさえも粉々に打ち砕いた。


「リリアが……あのリリアが、公爵夫人に……? 嘘よ、そんなの、嘘よ……!」


 彼女の叫びは、誰の耳にも届くことなく、がらんとした部屋に虚しく響くだけだった。


 王宮では、アラン・フォン・エストリアが、次期国王の座を剥奪されることが決定していた。

 彼の数々の失政とヴァルハイト公爵の台頭。時代の流れはもはや誰にも止められない。

 彼は、自分が切り捨てたものの本当の価値に、あまりにも遅く気づいたのだ。


 没落した彼らが、遠く北の地で灯る幸せな光を見つめることは、もう二度とない。

 これは、理不尽な運命に耐え抜いた一人の女性が、すべてをひっくり返し、最高の幸せを手に入れる、完璧な逆転劇。

 物語は、ここでひとまずの幕を閉じる。

 しかし、彼女の輝かしい人生は、まだ始まったばかりなのだ。

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