俺の成功を妬むダリオが、ついに卑劣な手段に打って出た。

　ある日の夜、アイカワ商会に石が投げ込まれ、店の窓ガラスが派手に割られるという事件が起きた。幸い、俺たちに怪我はなかったが、店の壁には赤いペンキで「詐欺師」「街から出ていけ」といった罵詈雑言が書きなぐられていた。

「ひどい……誰がこんなことを……」

　惨状を前に、エマが声を震わせる。

『ダリオの仕業だろうな』

　証拠はないが、直感で分かった。俺を陥れることで、自分のギルドの失墜から目を背けようとしているのだ。あまりに短絡的で幼稚な嫌がらせだった。

「心配するな、エマ。すぐに綺麗にするから」

「ですが……」

「大丈夫だ。俺たちを信じてくれる客は、こんなことで離れたりしない」

　俺はエマを安心させるように、力強くうなずいた。ゴードンも「全くだ。こんなことで動じる俺たちじゃない」と、頼もしく腕を組んでいる。

　翌朝、俺たちは店の後片付けを始めた。すると、その様子を見た街の人たちが次々と手伝いを申し出てくれた。

「慧さん、大丈夫かい！？」

「ひでえことする奴がいたもんだ。俺たちに任せとけ！」

　いつもポーションを買いに来てくれる冒険者や、近所の商店の店主たち。彼らは自分のことのように怒り、汚された壁を洗い、割れた窓の修理を手伝ってくれた。

　その光景に、胸が熱くなる。

　追放された当初は、この街の誰もが敵に見えた。だが、今は違う。俺の周りには、こんなにも温かい人たちがいる。

『俺は、もう一人じゃないんだ』

　ダリオの卑劣な嫌がらせは、逆に俺と街の人々との絆を深める結果となった。

　しかし、ダリオの妨害はそれだけでは終わらなかった。

　数日後、今度は街の衛兵たちが物々しい雰囲気で店にやってきた。

「アイカワ・ケイだな。お前に、禁制品不正製造の疑いがかかっている。署までご同行願おう」

「なっ……！？」

　全く身に覚えのない容疑だった。何かの間違いだ。そう抗議しようとしたが、衛兵は聞く耳を持たない。

　連行される俺を、エマとゴードンが心配そうに見送っている。

　衛兵詰所で俺を待っていたのは、勝ち誇ったような笑みを浮かべるダリオの姿だった。

「よう、ケイ。久しぶりだな。こんな場所で会うとは、奇遇じゃないか」

「ダリオ……！ お前の仕業か！」

「人聞きの悪いことを言うな。お前が、違法な薬物に手を染めているという匿名の告発があっただけだ」

　ダリオが口の端を吊り上げて笑う。衛兵の一人に、金貨の入った袋を握らせているのが見えた。買収したのか。どこまでも腐っている。

『捏造された匿名の告発で、俺を社会的に抹殺するつもりか』

　だが、いくら店を捜索しても違法なものなど出てくるはずがない。すぐに疑いは晴れるだろう。

　そう高をくくっていた俺の考えは、甘かった。

「隊長！ 店の地下倉庫から、これが見つかりました！」

　一人の衛兵が、小さな黒い瓶を掲げて報告した。その瓶にはドクロのマークが描かれている。一目で分かる、違法な毒薬のラベルだ。

『しまった！ あいつらが捜索している間に、誰かが仕込んだんだ！』

　これは、俺を陥れるために周到に用意された罠だった。

「言い逃れはできんぞ、ケイ。さあ、牢屋へ入れろ！」

　ダリオが高笑いする。衛兵たちが、俺の両腕を掴んだ。

　絶体絶命。このままでは、俺は犯罪者として裁かれてしまう。

　その時だった。

「待ってください！」

　詰所の扉が勢いよく開かれ、エマが息を切らしながら駆け込んできた。彼女の手には、一冊の古い帳簿が握られていた。

「これは、アイカワ商会の仕入れと販売の全記録です！ 違法な材料を仕入れた記録も、得体の知れない薬品を販売した記録も、どこにもありません！」

　エマは、衛兵隊長に帳簿を叩きつけるようにして見せた。そこには、彼女が毎日几帳面に記録してきた完璧な取引の記録が残されていた。

　さらに、扉の外からはゴードンが姿を現した。彼の後ろには、数十人もの冒険者や街の商人たちが集まっていた。

「俺たちが証人だ！ アイカワ商会が、やましい商売などするはずがない！」

「そうだ！ 俺たちは、慧さんのポーションに命を救われたんだ！」

「こんな汚いやり方で、街の恩人を陥れるなんて許さんぞ！」

　次々と上がる、俺を擁護する声。その声は一つの大きなうねりとなって、衛兵たちとダリオに襲いかかる。

　街の人々の、力強い支援。彼らが、俺の無実を証明しようと集まってくれたのだ。

　衛兵隊長も、これだけの数の市民を敵に回すのはまずいと判断したのだろう。顔色を変え、ダリオの方をちらりと見た。

　ダリオは「お、お前たち、騙されているんだ！ そいつは……！」と何かを叫ぼうとしたが、群衆の勢いに完全に気圧されている。

「……ふん。証拠不十分か。今回は見逃してやる」

　隊長は、苦々しげにそう吐き捨てると、部下たちに撤収を命じた。

　ダリオは「ちっ……！」と舌打ちすると、悔しそうな顔で俺を睨みつけ、足早に詰所を去っていった。

　嵐が去った後、俺は集まってくれたみんなに何度も何度も頭を下げた。

「みんな……ありがとう」

「水臭いこと言うなよ、慧さん！」

「俺たちは、仲間だろ？」

　その言葉が、心に染みた。

　ダリオの卑劣な罠は、またしても俺と仲間たち、そして街の人々との絆の強さを証明するだけに終わった。

　揺るがない信頼。それこそが、俺がこの街で築き上げた、何物にも代えがたい財産なのだ。