第7話「偽りの薬と真実の光」

 新商品の開発は、俺の探究心を大いに刺激した。

 この世界の植物や鉱物は、地球のものとは生態系も成分も全く異なる。だが、その根本にある化学的法則は驚くほど似通っていた。


『この「痺れ茸」の毒素は、アルカロイド系か……。地球のトリカブトの成分に似ているな。ならば、これを中和するには、強アルカリ性の「月長石」の粉末が有効なはずだ』

 俺は【神眼鑑定】で素材の隠された特性を暴き、そこに前世の植物学、薬学の知識を当てはめていく。それはまるで、巨大なパズルを解いていくような知的興奮に満ちた作業だった。

 試行錯誤の末、俺は二つの新商品を完成させた。

 一つは、麻痺や毒といった状態異常を即座に回復させる【万能薬(パナケイア)】。

 もう一つは、服用した者の筋力と敏捷性を10分間だけ飛躍的に向上させる【闘神の霊薬(ブーストポーション)】。

 どちらも、既存の市場には存在しない画期的なアイテムだった。特に【闘神の霊薬】は、高レベルダンジョンに挑む冒険者たちにとって、切り札となり得るほどの効果を秘めていた。

 案の定、新商品は発売と同時に爆発的なヒットを記録した。アイカワ商会の名は、もはやリーブの街で知らぬ者はいないほどになり、俺は若き天才錬金術師として街の有名人になっていた。

 店の前には毎日行列ができ、多くの冒険者たちが俺の作ったポーションを求めてやってくる。


「アイカワさんのポーションのおかげで、今回も無事に帰ってこれたよ!」


「ありがとう、慧さん! これで妹の薬代が稼げる!」

 感謝の言葉をかけられるたびに、胸が温かくなった。誰かの役に立っている。その実感が、何よりの喜びだった。

 まさに、順風満帆。

 だが、光が強くなれば影もまた濃くなる。

 俺の成功の裏で、かつて俺を追放したギルド「紅蓮の牙」は、深刻な経営不振に陥っていた。

 原因は、言うまでもなく『幻惑花』で作った粗悪なポーションだ。


「ギルドマスター! また冒険者から苦情が来ています! おたくのギルドのポーションを飲んだら、ダンジョンで動けなくなった、どうしてくれるんだ、と!」

 ギルドの受付嬢が、悲鳴のような声を上げる。

 ダリオの父親であるギルドマスターは、山積みの苦情に頭を抱えていた。


「だから、原因は何なのだ! なぜ、最高級の陽光花を使ったポーションで、そんなことが起きる!」


「それが、薬師ギルドに調査を依頼したところ、ポーションから微弱な毒性成分が検出されたと……」


「毒だと!? 馬鹿な!」

 その報告を聞いていたダリオは、顔を青ざめさせていた。


『まさか……あの時の、ケイの言葉は本当だったというのか……?』

 ゴミ鑑定だと見下していた男の忠告が、脳裏をよぎる。あの時、彼は確かに言った。『それは幻惑花という、毒性のある擬態草だ』と。

 だが、高いプライドが自分の過ちを認めることを許さなかった。


「デタラメを言うな! アイカワ商会とかいう新参者が、うちのギルドを陥れるために流したデマに決まっている!」

 ダリオはそう喚き散らし、現実から目を背けた。

 しかし、一度失われた信用を取り戻すのは容易ではない。冒険者たちは、質の悪いポーションを売りつける「紅蓮の牙」を避け、高品質なポーションを安価で提供する「アイカワ商会」へと流れていった。

 ギルドの収入は激減し、所属していた冒険者たちも次々と他のギルドへと移籍していく。かつては街で最も栄華を誇ったギルドの凋落は、誰の目にも明らかだった。

 ダリオは、全ての元凶が俺にあると信じて疑わなかった。


「ケイ……あの裏切り者め……! よくも俺のギルドをここまで……!」

 彼は、俺に対するどす黒い憎悪を募らせていく。

 自分が蒔いた種が原因で自滅の道をたどっていることにも気づかず、ただひたすらに、自分が追い出した男を逆恨みしていた。

 その歪んだ憎しみが、やがて取り返しのつかない事態を引き起こすことを、まだ誰も知らなかった。

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