第4話「運命の出会いと小さな一歩」
薬師ギルドは、街の商業区の一角にあった。様々な薬草の匂いが混じり合った、独特の空気が漂っている。俺はフードで顔を隠したまま、恐る恐る中へと足を踏み入れた。
ギルド内は、白衣を着た薬師たちが忙しそうに行き交っている。カウンターで順番を待っていると、不意に声をかけられた。
「あの、どうかされましたか?」
振り返ると、そこにいたのは栗色の髪をおさげにした、そばかすが可愛らしい少女だった。歳は俺より少し下だろうか。白衣を着ているところを見ると、彼女も薬師の一員のようだ。
「えっと、ポーションの鑑定をお願いしたいんですが……」
俺が懐から翠色の小瓶を取り出すと、少女は「わあ、綺麗な色……」と目を輝かせた。
「はい、承ります! 私、エマって言います。薬師見習いですけど、よろしくお願いしますね!」
彼女はエマと名乗り、元気よく笑った。その屈託のない笑顔に、少しだけ緊張がほぐれる。
俺は彼女に小瓶を手渡した。エマは慣れた手つきでポーションを鑑定用の皿に数滴垂らし、様々な器具を使って調べ始めた。その真剣な眼差しは、先ほどの元気な少女とは別人のようだ。
しばらくして、彼女は信じられないといった表情で顔を上げた。
「こ、これ……本当にポーションですか?」
「え? ああ、そうだけど……」
「すごいです! 信じられないくらいの生命力活性反応です! しかも、魔力にも干渉する成分が……こんなポーション、見たことも聞いたこともありません!」
エマは興奮した様子で、鑑定結果が書かれた羊皮紙を俺に見せてきた。そこには、俺が【神眼鑑定】で見た内容と、ほぼ同じ効果が記されていた。
どうやら、このポーションの価値は本物のようだ。
「これを、どちらで手に入れたんですか? もしかして、ご自身で?」
エマがキラキラした瞳で俺を見てくる。さすがに、道端の雑草から作ったとは言えない。
「……まあ、そんなところだ。それで、このポーション、ギルドで買い取ってもらえるだろうか?」
俺の言葉に、エマは少し困ったような顔をした。
「えっと、品質が規格外すぎて、私の一存では値段がつけられません……。マスターに相談してきますので、少しお待ちいただけますか?」
そう言うと、彼女は奥の部屋へと駆けて行った。
しばらくして、エマは恰幅のいい初老の男性を連れて戻ってきた。彼がこの薬師ギルドのマスターらしい。マスターはポーションを一目見るなり目を見開き、エマ以上に念入りな鑑定を始めた。
そして、鑑定を終えたマスターは、ゴクリと喉を鳴らした。
「……小僧。いや、旦那。単刀直入に聞こう。このポーション、あと何本ある?」
「え? これ一本だけですが……」
「そうか……。では、この一本を金貨30枚で買い取らせてはくれんか?」
「き、金貨30枚!?」
思わず大声が出てしまった。金貨一枚で、一般人が一ヶ月は暮らせる。それが30枚。つまり、二年半分の生活費だ。ギルドの雑用係だった頃の俺の給料からしたら、天文学的な数字だ。
『石ころと雑草が、金貨30枚……』
にわかには信じがたいが、これが現実だ。俺は震える手で、差し出された金貨を受け取った。ずしりとした重みが、これまでの苦労を洗い流してくれるようだった。
「ありがとうございます!」
俺が深々と頭を下げると、マスターは「いやいや、こちらこそ貴重な品を譲っていただき感謝する」と上機嫌で笑った。
その時、ずっと黙ってやり取りを見ていたエマが、意を決したように俺の前に進み出た。
「あのっ! お願いがあります!」
彼女は深々と頭を下げた。
「私を、あなたの弟子にしてください! こんなにすごいポーションを作れる人の元で、薬の勉強がしたいんです!」
「で、弟子!?」
突然の申し出に、俺は完全にうろたえてしまった。人に何かを教えられるような立場じゃない。というか、俺のポーション作りはスキル頼りの反則技だ。
「いや、無理だよ! 俺は薬師じゃないし、それに……」
「お願いします! 雑用でも何でもしますから!」
エマは一向に頭を上げようとしない。その瞳は真剣そのものだった。彼女は心から、薬師としての道を極めたいと思っているのだろう。その情熱が、ひしひしと伝わってくる。
『困ったな……でも、この子になら……』
このポーションの秘密は誰にも話すつもりはない。だが、いずれ事業を始めるなら、信頼できる仲間が必要になる。この真っ直ぐな少女なら、良きパートナーになってくれるかもしれない。
「……分かった。弟子は無理だけど、助手としてなら。ただし、俺のやることに口出ししないのが条件だ」
「本当ですか!? やったあ! ありがとうございます、師匠!」
「師匠って言うな!」
結局、彼女の勢いに押し切られる形で、俺は初めての仲間を得ることになった。
金貨30枚という大金と、エマという助手。
追放されてから、わずか数日。俺の人生は劇的に変わり始めていた。
まずは、あの廃屋から引っ越してちゃんとした活動拠点を探さなければ。
俺はエマを連れて薬師ギルドを後にした。これから始まる新しい生活への期待に、胸が大きく膨らんでいた。これは、小さな、しかし確かな成り上がりの第一歩だった。
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