第5話「アイカワ商会、開店」
金貨30枚の臨時収入は、俺たちの状況を一変させた。
俺とエマは早速、街の商業区に空いていた小さな店舗付きの家を借りることにした。家賃は安くなかったが、今後のことを考えればしっかりとした拠点は必須だ。
「わあ、すごい! 私たちのお店なんですね!」
真新しい看板を掲げた店舗の前で、エマが嬉しそうにはしゃいでいる。看板には、俺が考えた『アイカワ商会』という名前が書かれていた。自分の名前を冠した店を持つなんて、前世では考えられなかったことだ。
「まあ、まだ名前だけだけどな。これから商品を揃えていかないと」
店の棚はまだ空っぽだ。まずは、主力商品となるポーションを量産する必要がある。
幸い、材料となる『風化した石』と『名もなき草』は街の郊外にいくらでも自生している。俺たちは数日かけて、大量の素材を採取した。道行く冒険者からは「あいつら、またゴミ拾いしてるぜ」と笑われたが、もう気にならなかった。彼らにはガラクタにしか見えないものが、俺たちにとっては金のなる木なのだ。
店の奥にある作業場で、ポーションの生産を開始する。エマには、草の洗浄や石を砕くといった下準備を手伝ってもらった。彼女は文句一つ言わず、熱心に作業に取り組んでくれる。
「師匠、この作業には何か意味があるんですか? この草の根っこ、普通の薬草図鑑には載ってないみたいですけど……」
「まあ、企業秘密ってやつだ」
俺がはぐらかすと、エマは「むー、教えてくれないんですね」と頬を膨らませたが、それ以上は追及してこなかった。約束通り、俺のやることに口出しはしないと決めているらしい。本当にできた助手だ。
そして、肝心の錬金作業は俺が一人で行う。レシピの根幹は、絶対に秘密にしなければならない。
数日後、俺たちは百本以上の翠色のポーション、正式名称【ハイポーション】を完成させた。鑑定したマスターが「最低でもこのくらいの価値はある」と言っていた値段、一本銀貨5枚で売り出すことにした。
一般的な回復薬が銅貨数枚で買えることを考えると破格の値段だが、その効果は折り紙付きだ。
開店初日。物珍しさからか、数人の冒険者が店を訪れた。
「へえ、新しいポーション屋か。兄ちゃん、これ一本いくらだ?」
いかつい顔の剣士が、ハイポーションを手に取る。
「一本、銀貨5枚になります」
「銀貨5枚!? たっけえな! おい、冗談だろ?」
剣士はあからさまに顔をしかめた。まあ、当然の反応だろう。
「効果には自信があります。試しに一本いかがですか? もし効果にご満足いただけなければ、代金はお返しします」
俺の言葉に、剣士は半信半疑といった顔で「そこまで言うなら……」と一本買っていった。
その日の客は、結局その剣士を含めて数人だけ。売り上げも微々たるものだった。
「大丈夫ですよ、師匠! きっと、私たちのポーションのすごさはすぐに広まります!」
落ち込む俺を、エマが元気づけてくれる。その言葉に、少しだけ救われた。
そして、翌日。事態は急変した。
店の前には、開店を待つ冒険者たちの長蛇の列ができていたのだ。
「な、なんだこれ!?」
「兄ちゃん! あのポーション、まだあるか!?」
列の先頭にいたのは、昨日ポーションを買っていったあの剣士だった。彼は興奮した様子で、俺の肩を掴んだ。
「昨日、ダンジョンで仲間の腕がオークに切り裂かれたんだ! 死ぬかと思ったが、あんたのポーションを使ったら傷が塞がってピンピンしやがった! あんなすげえ回復薬は初めてだ!」
彼の言葉に、周りの冒険者たちが「本当か!?」「俺にも売ってくれ!」と騒ぎ出す。噂は、一晩で冒険者たちの間に広まったらしい。
俺とエマは嬉しい悲鳴を上げながら、押し寄せる客の対応に追われた。用意していた百本のハイポーションは、昼過ぎには完売してしまった。
「す、すごい……本当に全部売れちゃいました……」
空になった棚を見て、エマが呆然とつぶやく。売り上げを計算すると、とんでもない額になっていた。
まさに、飛ぶような売れ行き。俺のポーションは、この街の冒険者たちにとってなくてはならないものになりつつあった。
一方、その頃。
俺が追放されたギルド「紅蓮の牙」では、不穏な空気が流れ始めていた。
「おい、ダリオ様。最近、うちのギルドのポーションを使った冒険者が立て続けに体調不良を訴えているらしいぜ」
「なんだと? 馬鹿なことを言うな。あれは最高級の『陽光花』から作ったポーションだぞ」
「それが、どうも様子がおかしい。回復するどころか、めまいや吐き気を催す者がいるとか……」
「……気のせいだろ。それより、最近妙なポーション屋が流行っていると聞いたが、その調査はどうなっている?」
「はっ。それが『アイカワ商会』とかいう店でして、回復効果が異常に高いと評判で……」
「ふん、どうせまがい物だろう。気にするな。それよりも、次のダンジョン攻略の準備を進めろ!」
ダリオは、迫り来る危機にも気づかず、傲慢な態度を改めなかった。
彼の足元が少しずつ崩れ始めていることを、この時の彼はまだ知らなかった。そして、その原因を作ったのが、かつて自分が追い出した無能な男だということも。
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