第3話「神眼の覚醒と最初の一滴」

 夜が明けるのももどかしく、俺はさっそく行動を開始した。

 昨夜の発見が本物かどうか、確かめなければならない。もし本当に、そこら辺の石ころと雑草でポーションが作れるなら、俺の人生は根底から覆る。

 まずは道具の確保だ。幸い、この廃屋には昔の住人が置いていったであろう、錆びた鍋や割れた瓶がいくつか残っていた。煮沸消毒すれば、なんとか使えるだろう。

 次に材料の調達。といっても、廃屋の周りにいくらでも転がっている『風化した石』と、そこら中に生えている『名もなき草』を拾い集めるだけだ。他の冒険者が見たら、ゴミ拾いをしている頭のおかしな奴にしか見えないだろう。


『だが、俺には分かる。これは宝の山だ』

 スキルのウィンドウを開くと、昨日までは見えなかった『隠し効果』がはっきりと表示されるようになっていた。どうやら、膨大な鑑定経験を積んだことでスキルがレベルアップしたらしい。

 試しにスキル名を確認してみると、【素材鑑定】だった文字が、淡い金色に輝く【神眼鑑定】に変わっていた。


『神眼鑑定……!』

 名前からして、とんでもないスキルに進化したことが分かる。興奮で自然と口角が上がった。

 廃屋に戻り、早速ポーション作りにとりかかる。まずは『名もなき草』の根っこだけを丁寧に洗い、鍋に入れて煮込む。鑑定情報にあった通り強力なアルカリ性の液体が必要だが、今は手元にない。代用品として、植物の灰を水に溶かした灰汁(あく)を使うことにした。これも前世の知識が役立った瞬間だ。

 鍋を火にかけると、すぐに青臭い匂いが立ち上ってきた。ぐつぐつと煮込むこと一時間。緑色だった液体は、徐々に粘り気のある琥珀色へと変化していく。


『よし、第一段階は成功だ』

 次に、この液体に砕いた『風化した石』の粉末を加える。鑑定情報によれば、これが触媒となって草の成分を増幅させるはずだ。

 石の粉末を鍋に投入した、その瞬間、鍋の中がまばゆい光を放った。


「うおっ!?」

 思わず顔を覆う。光はすぐに収まったが、目の前の光景に俺は息をのんだ。

 さっきまでの琥珀色の液体が、まるで宝石のように透き通った淡い翠色の液体へと変貌していたのだ。そして、鍋からは生命力に満ち溢れた、芳しい香りが立ち上っている。

 ゴクリと、喉が鳴った。

 これは間違いなく、ただの薬草を煮詰めただけのものとは次元が違う。

 俺は震える手で近くにあった空き瓶にその液体を注いだ。完成したそれを、改めて【神眼鑑定】で見てみる。


【名もなきポーション(試作品)】

 品質:極上

 効果:傷を瞬時に再生させ、失われた生命力を大幅に回復させる。ごく微量だが、魔力の回復効果も確認できる。

 備考:未知のレシピによって生み出された奇跡の一滴。その効果は、既存のあらゆる回復薬を凌駕する。


「……マジかよ」

 鑑定結果を見て、全身に鳥肌が立った。

『エリクサー』。ゲームや物語に登場する、あらゆる傷や病を癒すと言われる伝説の秘薬。今、俺が作ったこのポーションは、それに限りなく近いものではないだろうか。

 こんなものが、道端の石ころと雑草から作れてしまった。信じられない。だが、目の前にある翠色の液体が紛れもない現実だと告げている。


『試してみるしかない』

 俺は意を決して、近くに落ちていた鋭い石の破片を拾い、自分の左腕に浅く切りつけた。ピリッとした痛みが走り血が滲み出る。

 すぐに瓶の蓋を開け、傷口にポーションを数滴垂らす。

 すると、信じられないことが起こった。

 液体が傷に触れた瞬間、シュワッと音を立てて蒸発し、次の瞬間には切り傷が跡形もなく消え去っていたのだ。痛みも完全に消えている。まるで、最初から何もなかったかのように。


「すげえ……」

 あまりの効果に、しばらく自分の腕を呆然と見つめてしまった。市販の安物のポーションとは比べ物にならない。いや、ギルドで売られている最高級ポーションですら、ここまでの即効性はないはずだ。

 興奮が、じわじわと全身を駆け巡る。

 これは、とんでもない大発見だ。

 このポーションがあれば大金が稼げる。ダリオを見返すことができる。そして、こんな廃屋暮らしからも抜け出せる。


『いや、待てよ。落ち着け、俺』

 興奮する頭を無理やり冷静に切り替える。

 このポーションの価値は計り知れない。下手に売りに出せば、厄介な連中に目をつけられる可能性がある。まずは慎重に、このポーションの正当な価値を見極め、安全に金に換える方法を探るべきだ。

 幸い、この街には薬師ギルドがある。あそこなら、正当な鑑定をしてくれるかもしれない。

 俺は完成したポーションを小瓶に詰め、懐にしまうと、しっかりとフードを目深にかぶった。

 人生のどん底で掴んだ、奇跡の光。

 この一滴から、俺の逆転劇が始まる。そう思うと、自然と足取りは軽くなっていた。街の中心部へと向かう道が、輝かしい未来へと続いているように思えた。

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