第2話「どん底からの誓い」
ギルドを追い出され、行く当てもなく街をさまよう。日が暮れ始め、オレンジ色の光が石畳をまだらに照らしていた。腹は減ったが、なけなしの金を使う気にはなれない。今夜の宿すら、どうなるか分からないのだから。
結局、俺がたどり着いたのは街の外れにある打ち捨てられた廃屋だった。屋根には穴が空き、壁は崩れかけている。お世辞にも人が住めるような場所ではなかったが、雨風をしのげるだけましだろう。
床に積もった埃を払い、壁に背をもたれて座り込む。途端に、どっと疲れが押し寄せてきた。
『これから、どうすればいいんだ……』
ギルドの雑用係とはいえ、仕事と寝床はあった。それが一日で全てなくなった。明日からの生活のあてなんて、何もない。絶望的な状況に、思わず天を仰ぐ。
前世では、植物の研究に没頭していた。好きなことに打ち込めて、それなりに幸せだったと思う。なのに、異世界に来てからは無能だと罵られ、ゴミのように捨てられた。
「くそっ……!」
怒りと悔しさが込み上げてきて、崩れかけた壁を殴りつける。手に鈍い痛みが走ったが、それ以上に心が痛かった。
ダリオの顔が目に浮かぶ。俺を見下し、嘲笑っていたあの顔。彼にへつらっていたギルドの仲間たちの顔。誰も、俺の言葉を信じようとはしなかった。
『いや、信じなかったんじゃない。ダリオが怖くて、真実から目をそらしたんだ』
それが分かっているからこそ、余計に腹が立つ。
もし、あの『幻惑花』に本当に毒があったらどうするんだ。あれを陽光花だと信じてポーションを作り、それを飲んだ冒険者が体調を崩したら? 最悪の場合、命を落とすことだってあり得る。
考えれば考えるほど、腹わたが煮えくり返るようだった。だが、今の俺には何もできない。追放された身では、ギルドに意見することすら不可能だ。
しばらくの間、ぼんやりと廃屋の隙間から見える夜空を眺めていた。星の配置が地球とは全く違う。ここが異世界なのだと、改めて実感させられる。
『……落ち込んでいても仕方ない』
どれだけ嘆いても、状況は変わらない。俺には、まだ知識がある。そして、ゴミだと言われた【素材鑑定】スキルがある。
『本当に、このスキルはゴミなんだろうか?』
ふと、そんな疑問が頭をよぎった。
これまで俺は、ギルドの仕事として数え切れないほどの素材を鑑定してきた。その数は、おそらく他の誰よりも多いはずだ。もしかしたら、その経験が何かを変えるかもしれない。
ゲームの世界では、同じ行動を繰り返すことでスキルレベルが上がることがある。この世界にも、そんな法則があってもおかしくはない。
俺は立ち上がると、廃屋の周りを歩き回り、目についたものを手当たり次第に鑑定し始めた。
【ただの石:使い道はない】
【枯れ草:使い道はない】
【割れた瓶:ゴミ】
『はぁ……やっぱりダメか』
表示されるのは、相変わらず素っ気ないテキストばかり。肩を落として、最後に道端に転がっていた何の変哲もない灰色の石ころを拾い上げた。
【風化した石:使い道はない】
いつも通りの結果に、思わず石を投げ捨てようとした、その時だった。
チリン、と頭の中で小さな鈴が鳴るような音がした。
『ん……?』
なんだ、今の音は。
俺はもう一度、手の中の石に意識を集中させた。
すると、目の前に表示されていたスキルウィンドウに変化が起きた。
【風化した石:使い道はない】という文字の下に、うっすらと新しい行が追加されようとしている。それはまるで、霧の中から文字が浮かび上がってくるかのようだ。
『なんだこれ……? スキルレベルが上がったのか!?』
逸る心を抑え、さらに集中力を高める。すると、ぼやけていた文字がはっきりと形を結んだ。
【風化した石】
一般的な石ころ。特に使い道はない。
隠し効果:微量の魔力安定化作用を持つ。特定の植物成分と化合させることで、その効果を増幅させる触媒となる。
「……は?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。
隠し効果? 触媒? なんだこれは。今まで一度も見たことがない情報だ。
信じられない思いで、今度は近くに生えていた雑草を引っこ抜いて鑑定してみる。
【名もなき草】
どこにでも生えている雑草。使い道はない。
隠し効果:根に微量の生命力活性化成分を含む。強力なアルカリ性の液体で煮出すことで、成分を抽出可能。
「うそだろ……」
膝から崩れ落ちそうになるのを、必死でこらえた。
これはどういうことだ? 今までゴミだと思っていたものに、信じられないような可能性が秘められていた。俺のスキルは、その隠された真実を暴き始めたのだ。
『もし、この二つを組み合わせたら……?』
魔力安定化作用を持つ石と、生命力活性化成分を含む草。前世の化学知識が、頭の中で高速で回転を始める。
触媒、化合、抽出……。
一つの仮説が、俺の中で形になる。
「まさか……ポーションが作れるのか……? こんな、誰にも見向きもされないガラクタで?」
心臓が早鐘のように鳴り響く。
これは、ただのスキルじゃない。知識と経験が合わさった時、無限の可能性を生み出す、とんでもないスキルだったんだ。
ダリオは俺を追放した。ギルドは俺を捨てた。
だが、そのおかげで俺はこの力の本当の姿に気づくことができた。
「見てろよ……絶対に、見返してやる」
廃屋の暗闇の中、俺は固く拳を握りしめた。
どん底からの反撃の誓い。それは、まだ誰にも知られていない、静かで、しかし確かな産声だった。
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