ゴミ鑑定だと追放された元研究者、神眼と植物知識で異世界最高の商会を立ち上げます
藤宮かすみ
第1話「ゴミ鑑定と追放宣告」
『またこれか……』
俺、相川慧は、目の前に積まれた薬草の山を前に内心でため息をついた。
異世界に転生して早一年。俺が神様から授かったスキルは【素材鑑定】。名前だけは立派に聞こえるが、その実態はひどいものだ。
鑑定したいものに手をかざすと、その名前と一般的な用途が分かる。ただ、それだけ。
例えば、この薬草にスキルを使うと【月光草:一般的な回復薬の材料】と表示される。詳しい薬効成分や品質の良し悪しまでは一切不明。これでは戦闘にも生産にも使えず、ギルドの連中からは「ゴミ鑑定」と笑われる始末だった。
おかげで、ここ冒険者ギルド「紅蓮の牙」での俺の仕事は、採取された素材の一次仕分けという誰にでもできる雑用だけだ。前世では植物学の研究者としてそれなりに充実した日々を送っていたというのに、この落差はなかなか堪える。
「おい、ケイ! まだ終わらないのか! この無能が!」
甲高い声が仕分け作業場に響き渡った。声の主はダリオ。このギルドのマスターの息子で、次期マスターの座が約束されたエリート様だ。Aランク冒険者で、容姿だけは整っているが、性格は最悪の一言に尽きる。
「すみません、ダリオさん。すぐに終わらせます」
「口答えするな! それより、俺が昨日採ってきた『陽光花』の仕分けは済んだんだろうな? あれは高値で売れるんだ。傷一つ付けるなよ!」
『陽光花、ね……』
俺はダリオが指さす、ひときわ立派な木箱に視線を移した。中には、太陽のような鮮やかな黄色の花が詰められている。確かに、それは希少な薬草『陽光花』にそっくりだった。だが、俺のスキルはそれとは違う結果を示していた。
意を決して、俺は口を開いた。
「ダリオさん、申し上げにくいのですが……これは陽光花ではありません。鑑定結果では『幻惑花』と表示されています」
「あぁ?」
ダリオの眉が、これでもかというほど吊り上がる。
「幻惑花? なんだそれは。聞いたこともないぞ」
「はい。図鑑にも載っていないようです。ですが、陽光花と非常によく似た特徴を持つ、いわゆる『擬態草』の一種かと。詳細な効果は不明ですが、鑑定では『微弱な毒性あり』と出ています」
前世の知識が警鐘を鳴らしていた。植物の世界では、他の有用な植物に擬態して生き延びる種が存在する。その中には、強力な毒を持つものも少なくない。この幻惑花も、その一種である可能性が高い。
しかし、ダリオは俺の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「はっ! ゴミ鑑定のお前が、このAランク冒険者である俺の目にケチをつけるのか? これは俺が、高レベルダンジョンで命懸けで採ってきた最高級の陽光花だ! お前の節穴スキルが間違っているに決まっている!」
「ですが、万が一ということも……」
「うるさい! 俺の決定に逆らうのか? それとも、俺の手柄を妬んで嘘の報告をしているのか?」
ダリオの瞳に明確な敵意が宿る。周りで作業をしていた他のギルド職員たちも、遠巻きにこちらを見ているだけで、誰も助け舟を出そうとはしない。ダリオに逆らえば、自分たちに火の粉が飛んでくることを知っているからだ。
『ああ、もう駄目か……』
これが権力というやつか。正しいことを言っても、力のない者の言葉は誰にも届かない。
ダリオは勝ち誇ったように笑うと、俺の胸をドンと突き飛ばした。
「いいか、ケイ。お前はもう用済みだ。以前から、その役立たずなスキルと反抗的な態度が気に食わなかったんだ」
彼の言葉に、周囲がざわめく。
「お前のような無能は、ギルドの和を乱すだけだ。よって、今この時をもって、お前を『紅蓮の牙』から追放する!」
追放。その言葉が、やけにゆっくりと俺の耳に届いた。
「荷物をまとめて、とっとと出ていけ! 二度とこのギルドの敷居をまたぐなよ!」
ダリオはそう言い捨てると、部下に命じて俺を建物の外へと引きずり出させた。抵抗する力も、気力も湧いてこなかった。
ギルドの扉が、目の前で無情に閉められる。俺が持っていたのは、着の身着のままと、わずかばかりの所持金だけ。住んでいたギルドの寮も、もう戻れないだろう。
空を見上げると、異世界の太陽がやけに目に染みた。
理不尽な追放劇。誰も俺を信じてくれなかった。だが、胸の奥で小さな炎が燃えているのを感じた。
『見てろよ、ダリオ……』
俺のスキルは、ゴミなんかじゃない。俺の知識は、無駄じゃない。
いつか必ず、証明してやる。
今はまだ何一つ持たないただの追放者だったが、俺の異世界での本当の人生は、この屈辱的な一日から始まったのだ。
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