最終話


 星喰いを倒してから十日後。

 王都はやわらかな春の陽に包まれていた。


 街の人々はふたりを見ると

 自然と道をあけ、

 巫女を讃え、

 その護衛を敬った。


(こんなふうに並んで歩くなんて……

 あの頃のわたしたちには想像もできなかったな)


 アーデンさんはわたしの半歩後ろ――

 ではなく、今は“隣”にいる。


 肩が触れなくても、

 手が繋がれていなくても、

 心が寄り添っているのが分かる。


「……本当に、世界は色を取り戻しましたね」


「アーデンさんのおかげです」


「いいえ。

 あなたが光を取り戻したからです」


 そんなやりとりが自然にできる日が来るなんて。




「星喰いの完全消滅を確認した。

 リィナ・フロラリア、よくぞ……」


 王は言葉を詰まらせ、

 深く頭を垂れた。


「……おかえりなさい。我らが巫女よ」


 胸があたたかくなる。


 しかし――

 王の次の言葉は思いもよらなかった。


「そしてアーデン・ルーベルト。

 そなたは巫女の封印の“共鳴者”として、

 新たな任を授ける」


(共鳴者……?)


 アーデンさんは息を呑む。


王は続ける。


「世界はまだ脆い。

 巫女の星も安定したとはいえ、完全ではない。

 そなたは今後も……

 巫女のそばで“心を重ね続けよ”」


 その言葉は――

 祝福にも聞こえたし、

 命にも聞こえた。


(“心を重ね続けよ”……

 それはつまり……)


 恋を否定するのではなく、

 “恋が世界を守る”と認められたのだ。


 わたしが顔を上げると、

 アーデンさんは赤くなっていた。


「……リィナ様。

 王命ですので……その……今後も……」


「はい。

 そのつもりです」


 王の前だというのに、

 今すぐ笑ってしまいそうだった。




 報告を終え、

 宮廷を出た後。


 王都の中心庭園には、

 透明な湖と春の花が咲き誇っている。


 人の目が届かない静かな場所で、

 アーデンさんはようやく表情を緩めた。


「……思えば、長い旅でしたね」


「そうですね」


「あなたと出会い、

 あなたを守り、

 すれ違い、

 そして……想いを伝えて。

 まさか世界を救うとは……」


 アーデンさんの笑いは優しかった。


「リィナ様。

 本当に……生きていてくださってよかった」


 その言葉だけで、

 胸が熱くなる。


――だから。


今度はわたしから、手を伸ばした。


「アーデンさん。

 これからも、わたしのそばにいてくれますか?」


「ええ。

 世界が何度崩れても。

 封印が揺らいでも。

 あなたの光が揺れても。

 私は……いつだってあなたと共に」


「ありがとうございます。

 わたしも……あなたのそばにいたいです」


 ふたりの手が絡む。


 透明な星が淡く光る。


 今度はその光が、

 世界に影響を与えることはなかった。


 それは封印を揺らす恋の色ではなく――

 世界を守る“定着した愛の色”だったから。




 胸の奥の星がゆっくりと回転する。


 もう透明ではない。


 淡い光がゆっくりと重なり合い――

 永久に消えない色 になった。


(……これが、わたしの“本当の星”なんだ)


 透明だった理由。

 恋で色づいた理由。

 星喰いが求めた理由。


 すべてはこの瞬間のためだった。


 アーデンさんと星を重ね、

 世界の色を守る“巫女”として生きるために。



 季節がひとつ巡り――

 王都では春祭りが開かれた。


「リィナ様、こちらを」


「ありがとうございます、アーデンさん」


 ふたりは人々の間を歩く。

 もう避ける必要もない。


 リィナ様は笑い、

 アーデンさんはその横で穏やかに微笑む。


 王都の人々は知っている。


「巫女様とその護衛の恋は、世界を救った」と。


 誰もそれを悪く言わない。

 恋は罪ではなく、祝福だから。




「アーデンさん」


「はい、リィナ様」


「これからも、一緒に生きてくれますか?」


「ええ。

 あなたの星が輝くかぎり、

 どこへでも」


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過保護すぎる紳士魔導士と、恋を知らない星読み巫女 @hunyako

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