第20話
祠が崩れてから三日。
村の空気はすっかり軽くなり、
色も戻り、
人々は本当に安心したように笑っていた。
「本当に……ありがとうございました!」
「巫女様のおかげで母も元気になりました!」
「アーデンさん、井戸を塞いでくださって……!」
村人たちが口々に礼を述べる。
ふたりは揃って微笑んで頭を下げる。
けれど――
(……アーデンさん、
わたしから少し離れて歩いてる……)
以前なら、
わたしの半歩後ろを自然に歩いて
守るように寄り添っていた。
今は、距離がある。
意識しているのが分かるほど。
(……避けてる?
そんなはず……いや、ある……?)
胸の奥がきゅっと締まった。
村を離れ、王都へ向かう途中の野営。
焚き火がぱちぱちと音を立てている。
アーデンさんは、
火を挟んで“対角線上”に座っていた。
(遠い……)
アーデンさんは薪をくべながら
こちらを見ようとして、見なくて、
視線が揺れていた。
(なんでそんなに……避けるの……?
わたし……何かした……?)
「アーデンさん」
「はい、リィナ様」
その返事は丁寧すぎて、
逆に胸が痛んだ。
「ここ……寒いので、
もう少し近くで……」
「いえ、大丈夫です。
焚き火が十分暖かいので」
(そういうことじゃないのに……)
彼は火ばかり見つめている。
わたしの胸の奥にある透明な星は、
戦いのあとからずっと変な動きをしている。
脈が速かったり、
淡い桃色が瞬いたり。
(アーデンさんと手を繋いだとき……
すごく強く光った……)
その光が封印を揺らし、
星喰いを呼び寄せた。
(だから……怖いのかな……
またわたしが光を溢れさせたら……
危険が来るって、思ってる?)
「アーデンさん……」
「あの、リィナ様。
その……今日はもう休んだほうが……」
「違うんです」
思わず焚き火越しに声が強くなる。
「わたし、避けられてる気がするんです」
火が小さくはぜた。
図星だった。
(……避けている……
本当は、距離を置こうとしている……)
リィナ様の色を感じてしまってから、
彼女を見るたび胸が痛む。
(恋をすれば、封印が揺らぐ。
あの時、私のせいで彼女の星に色がついた……)
あの桃色の光が忘れられない。
(私は……彼女を危険に晒す存在だ)
だから、近づかないようにしていた。
けれど、リィナ様に言われると
胸が絞られるほど苦しくなる。
「避けているわけではありません。
ただ……あの光を思い出すと……
どうしても……」
「どうしても……?」
焚き火の明かりが彼女の瞳に映る。
その瞳が、
まっすぐ自分を見つめている。
(言えるわけがない……
“あなたを好きになるのが怖い”なんて……!)
「……あなたを、危険に晒してしまいそうで……
私はそれが怖いのです」
「危険……?」
「ええ。
あなたが恋の色を持てば、
星喰いの封印は揺らぎ、
新たな影が生まれる恐れがある」
「じゃあ……わたしが誰かを好きになることは……
いけないことなんですか?」
「いけません」
その断言が、
胸を刺した。
(じゃあ、わたしの気持ちは……
全部、危険なもの?
全部、罪なの?)
「あなたは特別すぎる存在です。
世界を守るための光なのですから」
「そんなの……!」
声が震えた。
「そんなの……嬉しくない……!」
アーデンさんの目が見開かれた。
「……リィナ様」
焚き火越しに名前を呼ばれて、
心臓が跳ねる。
でも、
アーデンさんの声はどこか悲しかった。
「私はあなたを……誰より大切に思っています。
だからこそ、あなたを危険に巻き込みたくない。
この気持ちが、封印を揺らがせるなら……
あなたの近くにいるべきではない」
(やっぱり……避けてるんだ……)
「じゃあ……どうしたらいいんですか……?
わたしは、アーデンさんにそばにいて欲しいのに……!」
一歩、火に近づく。
けれど――
アーデンさんは後ろへ下がった。
「ダメです」
その一言が、
胸をひどく刺した。
ふたりの距離は広がる。
でも――
胸の奥の透明な星が、
淡く光る。
(アーデンさんの色……
まだ、残ってる……)
わたしの星は、
彼を求めている。
でも、彼は――
わたしを守るために距離を置く。
(こんな気持ち……
どうしたらいいの……?)
焚き火がぱち、と弾けた。
その音が、
ふたりの距離をさらに際立たせた。
沈黙のあと、
アーデンさんが静かに言う。
「……ですが、あなたをひとりにはしません。
危険が完全に去ったわけではありませんから」
「近づけないけど……守るんですか?」
「はい。
私は……あなたを守るために生きている人間ですから」
(……そんなの……余計苦しい……)
でも、
それがアーデンさんの“限界の優しさ”だと分かる。
恋を恐れても。
封印を恐れても。
彼はわたしを見捨てない。
だからこそ近づけない――
そんな矛盾を抱えている。
(わたし……どうすればいいんだろう……)
夜が明ける直前。
焚き火が小さくなっていく。
ふたりはすぐ近くにいるのに、
手が触れない距離にいた。
視線が重なった瞬間、
胸の奥が強く波打つ。
でも――
どちらもその距離を詰めなかった。
アーデンさんは立ち上げる。
「……そろそろ出発しましょう。
王都へ戻らなければ」
「はい……」
朝焼けの光がふたりの影を長く伸ばす。
でも、
その影は、重ならなかった。
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