第18話
翌朝――
村が静かすぎた。
風が吹いているのに。
人が歩いているのに。
鳥が鳴いているのに。
色が、なかった。
(見える色が……薄い……?)
昨日まで
家々や畑やリンゴの赤は確かにあったのに、
今は灰色の膜が張ったように見える。
「……始まったか」
背後でアーデンさんが剣を握りしめた。
「星喰いが封印の揺らぎに気づきました。
あなたの“恋の色”が出たことで」
(わたしのせい……)
胸が痛む。
でも次の瞬間、
アーデンさんはわたしの手を固く握った。
「違います。
これは“あなたのせい”ではなく、
あなたが星喰いを倒すために必要な過程です」
その言葉は力であり、罪であり、希望だった。
「行きましょう。
すべて終わらせに」
祠へ向かう道は
細い黒い線のようなものが這っていた。
まるで地面が裂け、
黒い血が溢れ出しているみたいだ。
祠の扉は開いていた。
誰も触っていないはずなのに。
そして中には――
“星がない”空間が広がっていた。
リィナ様だけが見ている“星の色世界”。
その星が一つも見えない。
完全な闇ではなく、
光があるのに光を反射する物体が存在しない“真の虚無”。
(……これが……星喰いの本性……)
アーデンさんが
剣を抜く音を響かせた。
「ここを抜ければ、最深部です。
戻らない覚悟はできていますか?」
「はい。
アーデンさんが一緒なら」
アーデンさんの喉がわずかに鳴る。
「……そんなことを言われたら、
私はあなたを守るしかなくなるでしょう」
わたしたちは闇の奥へ進んだ。
前に来た井戸の空洞は、
今はまるで別の生き物の体内のようだった。
壁は“脈打ち”、
赤黒い光が内部を流れている。
(……心臓みたい……)
アーデンさんが低く呟く。
「ここは……
星喰いがあなたを取り込むための“通路”です」
「通路……?」
「あなたの透明な星に色がついたことで、
星喰いは“直接触れることができる”ようになった」
その言葉が、
足元をすくうように怖かった。
(……リィナ……)
声がしないのに聞こえる。
(……オマエ……オマエ……
ワタシノ……ホシ……)
胸が熱くなり、息が詰まる。
(……やだ……また……呼ばれてる……)
アーデンさんがすぐ肩を抱いた。
「聞かなくていい。
私の声だけ聞いてください」
その瞬間、胸の痛みが少し和らいだ。
「ありがとう、アーデンさん……」
彼は何も言わず頷き、
井戸の底へ降りていく。
井戸の底には、
新しい空間が開いていた。
天井に無数の骨。
床には黒い液体の海。
そして中央には――
“透明な球体”が脈打っていた。
(…………透明……?)
わたしの胸の奥にある星と
まったく同じ透明さ。
でもそれは巨大で、
直径三メートルほどもある。
「リィナ様……
あれは、過去の巫女たちの“星そのもの”です」
(……え……)
「ここに捧げられた巫女は、
色を食われ、肉体を失い……
最後に星だけがここへ吸い込まれた」
(そんな……)
透明な球体は、
いくつもの色の“痕跡”を揺らめかせていた。
青。
金。
赤。
紫。
その色がゆっくり溶け、
透明へ戻っている。
(色が……消されて……透明にされて……
“食べやすい”状態にされてる……)
胸から涙がこぼれた。
透明な球体の裏側。
黒い液体が盛り上がり、
そこから“影”が起き上がった。
人の形でも獣の形でもない。
輪郭すら曖昧で、
ただ“欲望”を具現化したような塊。
その中心に、
赤黒い核が脈打っていた。
(……アタラシイ……
……オマエ……)
影がわたしに向けて手のようなものを伸ばす。
(……スキダヨ……
……イチバン……オイシイ……)
(……そんなの……“好き”じゃない……!)
胸の奥の星が激しく脈打った瞬間――
アーデンさんが前に出た。
「リィナ様! 後ろへ!!」
影はアーデンさんには興味を示さない。
それどころか――
(……ジャマ……)
触れただけで、
アーデンさんの身体が吹き飛ばされた。
「アーデンさん!!」
叫んだ瞬間、
影がわたしに襲いかかる。
胸が弾けるように痛い。
(っ……光が……暴れる……!)
右手が勝手に光を集める。
白光。
薄桃。
淡金。
そして――
淡青。
(……アーデンさん……の色……?
どうして……)
わたしの星が
アーデンさんの色を“取り込んで”いる。
これは恋のせいではない。
“ふたりで戦うための色”
が自然に生まれたのだ。
でもそれは――
封印が完全に緩んだ、ということでもある。
影が笑った。
(……オマエ……デキアガル……
……モウスコシ……)
(……やだ……!
こんなの……やだ!!)
身体が痛む。
霧に触れただけで骨がきしむ。
(私は……弱い……
星が見えない……
でも――!)
リィナ様の叫び声が聞こえる。
その瞬間。
胸の中で小さな星が“震えた”。
(……私にも……聞こえる……?
リィナ様の……星が……)
剣を握り直し、
全身の痛みに逆らって立ち上がる。
「リィナ様ぁぁぁぁッ!!」
走りながら叫んだ声に、
影が振り返った。
影の中心――
赤黒い核。
(あそこだ……!!)
アーデンは剣を構え、
全てを賭けて飛び込んだ。
「アーデンさん!!」
わたしは胸に渦巻く光を右手に込める。
(この光は……ひとりでは扱えない……
でもふたりなら……!)
「アーデンさん!!
わたしの“光”を受けて!!」
アーデンさんは迷わず飛び込んできた。
わたしの右手と、
アーデンさんの剣が触れた瞬間――
共鳴が起きた。
白金の光が剣に流れ込み、
刃が星そのものの輝きを帯びる。
アーデンさんは叫んだ。
「――リィナ様と共にッ!!」
光の剣が、
星喰いの核を貫いた。
影が叫ぶ。
(……アアアアアアアア……!!
……イヤ……
……コノイロ……
……クエナイ……!!)
剣がさらに深く刺さり、
核が砕けるように光を放った。
影の腕が崩れ、
足が溶け、
液体状になって地面に広がっていく。
(……ニガサナイ……
……ワタシ……
……リィナ……)
「もう……あなたには渡さない!!」
わたしの声と同時に、
光が炸裂した。
影は完全に消滅した。
星喰いは――倒れた。
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