第17話ーー封印の色
治療を終え、
星喰いの霧に触れたアーデンさんは休むべきだったのに、
帰ろうとはしなかった。
「もし、また胸の痛みが走ったら……
すぐ言ってください」
「はい……」
小屋の中は冷たいけれど、
アーデンさんが近くにいるだけで
ほんの少しだけ暖かかった。
でも、
彼はいつもの距離にいない。
少しだけ離れた場所で膝をつき、
剣を膝に置いて座っている。
(……さっきの“距離を置きましょう”の延長……?)
わたしを見守っているのに、
触れない位置にいる。
(これ以上、近づいたら……
何かが壊れるって思ってるんだ……)
胸の奥がきゅっと痛んだ。
「……アーデンさん」
「はい、リィナ様」
「さっき……光を使ったあと、
胸がすごく痛くなって……
まだちょっと、怖くて……」
言葉にした途端、
また胸が痛むような気がして手を押さえた。
それを見たアーデンさんは
すぐに立ち上がった。
「大丈夫ですか!?」
駆け寄りかけて、
でも途中で止まった。
一歩だけ手前で。
(……来ないの?)
不安が一気に押し寄せる。
「アーデン……さん……」
思わず袖を引っ張った。
自分でも驚くほど弱い声だった。
その瞬間――
彼の心が揺れる気配がした。
アーデンさんは、
ゆっくり、ゆっくり手を伸ばしてきた。
「……失礼します」
わたしの手を、包むように握る。
その温かさが、
一瞬で胸の痛みを和らげた。
(……あ……)
次の瞬間。
胸の奥が、
“光そのもの”でできたように脈打った。
ぱん、と弾けるような感覚。
そして――
透明な星に、色がついた。
それは目ではなく、
心で見える光。
淡い薄桃色の光が
胸の奥から静かに広がっていった。
(……え……?
これ……感情……?
恋……?)
気づいた瞬間、
胸が焦げるように熱くなった。
大地が、わずかに揺れた。
耳の奥で、
何かがひび割れるような音がした。
(……ア……
……キコエル……)
星喰いの声だ。
(……イロ……デタ……
……トオイ……フウイン……ヒラク……)
(封印……開く……?
どうして……
わたし……何をしたの……?)
アーデンさんが、
驚くほど怖い顔をしていた。
「リィナ様……
いま、あなたの中の光が……
“色”を持ちましたか?」
わたしは唇を噛む。
頷くこともできなかった。
「胸が……熱くて……
苦しいのに、でも……
すごく、幸せで……」
その言葉を聞いた瞬間、
アーデンさんの瞳の奥が揺れた。
彼は全てを悟ったのだ。
(……恋だ)
リィナ様は恋をしている――
そう、確信した。
そして。
(……恋は、封印を解く)
幼い頃、巫女に仕えていた修道院で教わった禁書。
巫女の恋は、星喰いの封印を解く鍵になる。
同時に、
巫女が恋した相手こそが――
「封印の媒介」
つまり、
恋を結んだ相手が、
星喰いを封じるための“代価”を負う。
(……私が……?)
いや、それよりも深刻なことがあった。
(恋をした巫女は、色を持つ。
色を持った巫女は――星喰いに“食べられる”)
それを知っているのは、彼だけ。
「リィナ様……どうか……
その色を、今すぐ押さえて……!」
叫びに近い声だった。
「どうして……そんな顔するんですか……?」
「あなたの星は透明でなければならない!
色を持てば……あなたが喰われる!!」
「っ……!」
(……そうなんだ……
だからアーデンさんは……
わたしに“恋をさせないように”してたんだ……)
「でも……
アーデンさんが触れたら……
勝手に色が出たんです……!」
涙が溢れた。
「わたし……こんなの、初めてで……
怖いけど……
嬉しくて……」
「言わないでくださいッ!」
アーデンさんが叫んだ。
その声が、
胸を鋭く刺した。
「その“嬉しい”という感情こそが、
あなたを危険に晒すんです……!」
「じゃあわたしは、
一生誰も好きになっちゃいけないの……?」
沈黙。
「まさか……
アーデンさんまで……
わたしに恋をするなって言うんですか?」
「……それしか、あなたを守る手段が……」
わたしの心が、
ぱきんと音を立てて裂けた気がした。
床の下から
低い振動が響く。
(……イロ……タベタイ……
……ハジメテ……アジワエル……)
星喰いが笑っている。
(……フタツノイロ……
……キレイ……)
「ふたつ……?」
アーデンさんがわたしの肩を掴んだ。
「リィナ様、今すぐ距離を――」
その瞬間。
胸の奥が震えた。
わたしの透明な星が、
アーデンさんに触れて“色を持った”のなら――
今、逆に。
アーデンさんの“見えない星”にも、
わたしの色が触れた。
アーデンさんが大きく目を見開いた。
「な……何だ……今の……?」
彼の胸の中で、
星が一度だけ“光った”のだ。
アーデンさんには星は見えないはずなのに。
(見えなくても……
“感じた”んだ……)
それは、
恋の痛みのような、
優しさのような、
失うことへの恐怖のような――
彼自身の“色”だった。
アーデンさんが震える声で言う。
「リィナ様……
あなたの光が……
私の中に触れた……?」
「はい……
きっと、わたし……
アーデンさんのこと――」
「言わないでください!」
彼は顔を歪めた。
「その言葉は……
封印を完全に崩します……!」
でも。
「どうして……そんなに拒むんですか?」
「私は……
あなたの恋の相手になる資格がない……!」
(資格……?)
彼は、泣きそうだった。
「私があなたに好かれたら……
あなたを殺すことになる!」
胸の中で、
透明な星が悲鳴を上げた。
(……ソレダ……
……イロ……コワレル……
……スキ……ハ……ワルイ……)
星喰いが、
ふたりの痛みを舐めるように囁く。
「わたし……怖くないです……」
「私は怖いんです!!
あなたが色を持つことが……
あなたが“誰かを好きになる”ことが……
そして……
あなたが私を好きになることが何より……!」
彼の声は震えていた。
「あなたは……星喰いに狙われる。
恋をした瞬間からずっと……!」
「でも、アーデンさんは――
さっき、手を離さなかったじゃないですか」
アーデンさんは言葉を詰まらせた。
わたしはそっと、
その手を握り返した。
「離れなかったのは……
わたしがあなたを必要としてたからじゃなくて?」
アーデンさんの呼吸が止まった。
その瞬間。
透明な星が再び脈打つ。
ただの薄桃ではなかった。
淡い金。
淡い青。
淡い白。
いくつもの色が混ざり合い、
それでも壊れない“ひとつの光”になった。
(……これ……
恋の色……)
星喰いが叫ぶ。
(……フウイン……ヤブレル……
……デモ……コレ……
……タベル……ナイ……?)
星喰いには“食えない色”。
それこそが――
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