第14話
祠から戻ったあと、
わたしとアーデンさんの間には
見たことのない“静寂”が横たわっていた。
アーデンさんはいつものように
わたしの前に立って道を開けてくれるし、
わたしが少しよろめけばすぐ支えてくれる。
でも、その手は震えていた。
そして――目を合わせてくれなかった。
(……ずっと隠してる。
本当に大事な“何か”を……)
問い詰めるのが怖かった。
でも、このままではいけない。
夜。
祈祷室にランプが一つだけ灯っている。
アーデンさんは寝ずの見張りをしていた。
わたしを守るために。
ずっと、ずっと、わたしを見張り、守っている。
(……どうしてそこまで……?
どうして“わたしの前に立つ”ことに、
そんなに怯えた顔をするの……?)
「アーデンさん」
名前を呼ぶと、彼の肩がわずかに揺れた。
「……なんでしょう、リィナ様」
「さっき、祠で……
星喰いが言いましたよね」
“男は嘘をつく。たくさん、たくさん。”
アーデンさんは息を止めた。
見えないほど小さく肩が沈む。
「わたし……
アーデンさんを信じたいんです」
俯いたままの横顔に、
ランプの灯が淡く揺れていた。
「でも……
本当のことを隠しているんでしょう……?」
沈黙。
いつものように即答は返ってこない。
やがて――
「……はい」
わたしの胸が、ずき、と痛んだ。
「私は……昔、
“星を見ることのできる巫女”を守れませんでした」
リィナ様が息をのむ。
私は視線を落とし、
震える手でランプの灯芯を撫でた。
「十年前、
私がまだ若い神兵だった頃……
ある村で星喰いの事件が起こりました」
喉が詰まる。
でも、言わなければならない。
「巫女は……あなたと同じ、
優しい少女でした」
その姿が今も頭にこびりついて離れない。
「彼女は、星の“色”を読んで戦いました。
しかし私は……
星が見えないせいで……
敵の位置も、危険も……
何ひとつ分からなかった」
あの夜の叫び声が蘇る。
「巫女が私の名前を呼んだ時……
私は彼女の位置を見誤り、
星喰いにさらわれるのを……
ただ、見ていることしかできなかった」
胸が張り裂けそうだった。
「彼女は……戻りませんでした。
遺体すら見つからなかった。
星に飲まれたんです」
リィナ様は何も言わない。
ただ、わたしを見つめていた。
「だから……
あなたを前に出せないんです」
「…………」
「あなたも……あの子と同じだから」
(本当は違う……
あなたはその子よりもずっと……
ずっと大切になってしまったから――)
言えなかった。
(……そうだったんだ……)
アーデンさんは自分を責めていたのだ。
ずっと、ずっと。
わたしは胸がぎゅっと締めつけられた。
「アーデンさんが……生きててくれたから、
わたしはここにいるんですよ」
「……リィナ様」
「わたしの力は、
わたしが決めて使うんです。
アーデンさんの“恐れ”に
縛られたくありません」
アーデンさんが苦しそうに眉を寄せる。
「あなたを失うくらいなら……
嫌われてもいいんです」
その言葉に、
心臓が軋むように痛んだ。
(嫌われてもいい……?
わたしは……
そんなふうに思われていたの……?)
「それは、違います……!」
「違いません。
私は――
あなたに、生きていてほしいんです。
それだけです」
(……その言い方は……ずるい……)
優しくて、まっすぐで、
でも、わたしの心を置いてけぼりにする。
「アーデンさん」
「はい」
「わたしは……
守られるだけの存在じゃありません」
アーデンさんは目を伏せたまま、
拳を強く握る。
「分かっています。
本当は分かっている。
あなたは誰よりも強い。
……でも私は……
また失うのが怖い」
(……言ってくれた……
本当の気持ち……)
でも、同時に胸が締めつけられた。
「怖いからって……
わたしを閉じ込めないでください」
「閉じ込めてなど……!」
「なら、どうして祠で言ってくれなかったの?」
アーデンさんの瞳が揺れる。
「『嘘ついてるの?』って……
わたしが訊いた時、
どうして黙ったの?」
アーデンさんの唇が震える。
「それは……
あなたに知られたくなかったからです。
私が、過去に巫女を……
救えなかったということを」
沈黙。
胸の中に、
寂しさがひとつ落ちた。
「知られたくなかったのは……
わたしを守るためですか?
それとも……
アーデンさん自身が傷つきたくなかったからですか?」
アーデンさんの表情が、
ゆっくりと凍りついた。
わたしが言ってはいけない言葉を言ったと気づく。
でももう遅い。
「……少し、距離を置きましょう」
アーデンさんの声は低く、震えていた。
「あなたを守るためです。
そして……
私自身が、冷静になるためにも」
その言葉は刃のように刺さった。
(……距離を置く……?)
わたしの胸の“青い星”が
ひどく痛んだ気がした。
「私はあなたを失いたくない。
その恐れが……
あなたを縛ってしまうなら……
今の私は、あなたの傍にいる資格がない」
「……アーデンさん……?」
「今夜だけは……
どうか……
ひとりにしてください」
わたしが言葉を出す前に、
アーデンさんは祈祷室を出ていった。
足音が遠ざかる。
(……なんで……
こんなことに……)
胸の奥が、
静かに崩れ落ちていくようだった。
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