第13話



 祠の奥へ進むほど、胸の奥の痛みは強くなった。


(……怖い……でも……)


 少女を救いたい。

 村の人たちも。

 アーデンさんも。


 だから、進む。


 祠の床は崩れ、

 黒い霧が湧き出すように漂っている。


 その奥に――

 穴のような影が脈打っていた。


「止まってください、リィナ様」


 アーデンさんの声は強く、硬かった。


「これ以上近づけば、あなたの精神は耐えられません」


「でも……あれを放っておく方が危険です」


「違う。

 あなたを近づける方が――危険なんです」


 アーデンさんの目が、

 “かつて見たことがないほど恐れていた”。


(……どうしたんだろう……)




 祠の中心に揺れていたのは、赤でも黒でもなかった。


“色のない闇”


 それはただの空洞に見えるのに、

 見れば見るほど“飲み込まれそう”な恐怖があった。


「アーデンさん……大丈夫ですか……?」


 リィナ様の声に我に返った。


「……リィナ様。

 どうか、私の後ろへ」


「アーデンさん……?」


 私は彼女の手を掴んだ。


「あなたを、ここへ捧げるわけにはいかない」


 握る手に、力が入りすぎていたかもしれない。


「さっきから……変です。

 何か隠してますよね?」


「隠してなどいません。

 ただ……あなたは危険なんです。

 星喰いは“あなたを”欲しがっている」


「それは……私が星を読めるからです」


「それだけではありませんッ!」


 思わず声が荒れた。


 リィナ様が目を見開いて固まる。


(……しまった)


 でも止められない。

 胸が焼けるように焦っていた。


「あなたが贄に選ばれた理由は――」


「アーデンさん。

 わたしはあなたの“恐れ”なんて聞いていません」


 初めて、リィナ様の声に怒りが混じった。


 胸がざわりと揺れた。



「私の恐れではありません。

 事実です。

 あなたは――」


「アーデンさんは、わたしを信じてないんですか?」


「信じています。

 だからこそ、あなたを遠ざけ――」


「それが“信じてる”って言えるんですか?」


 一瞬、心臓が止まった。


 彼女は震えていた。

 怒りではなく……“悲しみ”で。


「ずっと……

 わたしを庇ってくれてありがとうございます。

 でも、このままじゃ――

 アーデンさんの背中しか見えません」


「……!」


「私だって……戦えるのに……」


 胸が痛い。


 守りたい。

 でも彼女は前に出たい。


(……どうすれば……)



 そのとき。


(……ナカヨシ……

 ……ダケド……

 ……ワカレル……)


 祠全体に響く声。


 星喰いの本体が、

 ふたりの心を嗤うように揺れた。


「星喰いです!」


その言葉にアーデンさんが剣を構える。


「別れるって何の話ですか!」



(……ソレハ……ドチ……?

 ……ワカレルノガ……コワイノハ……

 ……ダレ……?)


 影のような闇が揺れ、

 わたしに語りかける。


(……キミ……

 ……オトコノ……ウシロ……)


(……!)


(……オトコ……ウソ……ツク……

 ……タクサン……タクサン……)


「アーデンさん……嘘ついてますか?」


 息を飲む音が聞こえた。


「……リィナ様。それは……」


「答えてください」


 冷たい沈黙。


(嘘……ついてる……?

 わたしに……?)


 混乱で胸がざわざわした。


 すると星喰いが、ゆっくりと笑った。


(……アマイ……ニガイ……

 ……イイ……ケンカ……)


「黙って!!」


 私が怒鳴り、

 影は霧のように散った。




 残滓は祠の奥へ退き、

 深い溝の向こうへ消えていった。


「逃げました……」


「今回は……ここまでです」


 アーデンさんの声はどこか震えていた。


 わたしもまた、胸が痛かった。


(アーデンさん……何を隠してるの……?

 どうして……答えてくれなかったの……?)


 祠を出る間じゅう、

 ふたりの間に言葉はなかった。


 沈黙が重く、

 夜気が刺すように冷たかった。

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