第2話 大干ばつ
ファティンが家に戻ると、家の前の集会場には人だかりができていた。
村長である父が、眉間に深いシワを刻んで言う。
「雨が降らん。水も食糧も……あと一ヶ月持つかどうかだ」
村人たちがざわつく。
「周辺の村も同じく干ばつらしい……。買い出しなど望めん」
絶望の空気が流れる。
そのとき、誰かが恐る恐る口を開いた。
「れ、霊峰ラマニル山に……行くしかないのでは……?」
村人の誰かの声に、その場が一気にざわついた。
霊峰ラマニル山。
古来から語られる伝説の霊峰。
山頂には雨神ガルザーンが住み、願いが届けば“三日三晩の大雨”を降らせるという。
ただし――
「五百年に一人、登頂できるかどうか」
という絶望的な成功率付き。
さらにこの村から山までは100km。
徒歩で行けば、景色を楽しむ余裕が出る前に足が死ぬ距離である。
村長が静かに問う。
「霊峰ラマニル山に行く者はおらんか? 丈夫で健康な男子が望ましい!」
その瞬間。
「僕が行きます!」
ピシッと手を挙げたのはマーハーだった。
村人
「さすがミュトス学院のエース!」
「マーハーなら山だって攻略できる!」
女子
「キャーー!マーハーかっこいい!」
(学院のエースってのも大変だな……がんばれよ、マーハー……)
ハリールは遠い目をした。
村長が続ける。
「しかし、マーハー一人では心許ない。他に立候補者はおらんか?」
男子たちは、一斉に地面を見つめた。
(無理無理無理……山登りなんて御免だ……)
ハリールも当然、黙って見つめるだけである。
そのとき、ファティンが横から近づき、こっそり耳元でささやいた。
「ねぇ、ハリール……。
今立候補したら――女の子たちにモテるわよ?」
ハリールの目がギラリと光った。
「なにっ……!? も、モテ……だと……?」
ファティンはさらに追撃。
「しかも雨神様にお願いして雨を降らせたら……
村に帰ったときには、“英雄”よ?
女の子が群がって、『キャー!ハリール様〜♡』って――」
「そ、それは……!?」
ハリールの頭の中で、まるで暴走した幻覚が走り始めた。
【脳内イメージ】
女の子たち
「ハリール様〜!お帰りなさいませ〜♡」
「キャ〜!ハリール様の筋肉触ってもいいですか〜♡」
ハリール
「まあな、俺の活躍なんて茶飯事だぜ……」
(これは……!春の足音が聞こえる……!)
(人生で一度も春来なかったけど……ついに……!)
もうダメだ。
ハリールの理性は死んだ。
「……俺!!!! 行きます!!!!」
空に向かって拳を突き上げるハリール。
会場「……え?」
男子たちの小声
「え、ハリール……大丈夫か……?」
「いや無理だろ、荷物になりに行くようなもんじゃ……」
女子たちの小声
「マーハーの足引っ張るんじゃ……」
「ていうか山で絶対迷うでしょあの子……」
「えーい貴様ら黙れ!!
俺とマーハーで絶対に雨降らせて帰ってくるからな!!!
見とけよお前らァ!!」
どこから湧いたのか分からない謎の自信で叫ぶ。
ファティンは小声で
(調子に乗りすぎ……)
と呟いた。
すると――
「私も行くわ!」
ファティンが手を挙げた。
村長
「ファティン!? だ、だめだ娘よ!!」
他の村人たちもパニック。
「女子が山なんて危険すぎる!」
「まだ若いのに……!」
しかしファティンは胸を張って言い返した。
「女だからって侮らないで。
私は並みの男子より体力あるわよ!」
会場全員「……確かに」
そこへハリールが調子に乗って叫んだ。
「そうだそうだ!ファティンの体力はバケモノ級なんだぞ!」
その瞬間、ファティンの目が“無言の殺気”を放った。
ハリール
「……ごめんなさい(小声)」
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