第9話
宇都宮ヒカリの物語:無防備な存在とヤキモチ
東雲さんが膝から崩れ落ちて、おらは慌ててその身体を抱きとめた。イリーニャさんを仲間に引き入れたのはすごいけど、その代償は大きかったべ。彼は今、能力を使いすぎた反動で、まるで電源が落ちた機械みたいに無防備だ。パーカーの奥の身体は冷え切っていて、呼吸も浅い。
「東雲さん、東雲さん……」
彼の冷たい額に自分の額を寄せると、彼はピクリとも動かない。まるで、デバッグ中のシステムみたいだ。普段の、世界の矛盾を論破する冷徹な東雲さんじゃない。今の彼は、おらの腕の中にいる、ただの**「不完全なバグ」だ。
その無防備さが、おらの胸を締め付ける。そして、その無防備な東雲さんを、他の女たちが見ていることが、おらの心にチクチクとした**バグ(ヤキモチ)**を埋め込む。
「あんまり近寄らへんでや、キョウコ。彼の回復確率の解析なんか、後でええやろ」
「その通りです、アヤメ。彼の体温低下率は現在-0.5℃/min。非効率な密着は回復を遅らせます」
ほら、始まったべ!
キョウコは、冷静な顔で東雲さんの脈拍を測ろうと近づいてくるし、アヤメは艶めかしい和服の袖で、東雲さんの額の冷や汗を拭き始めやがった。
「うちの能力は、人の気持ちを形にする。こんな無防備な東雲くんを前にしたら、ウチの心の中の欲望が暴走しそうで、堪えられへんのよ。熱を上げるのは、効率ええんちゃう?」
そう言って、アヤメは東雲さんの首筋に顔を近づける。その豊満な胸が、東雲さんの肩に……!
「あ、アヤメ! 何してんだべ! それ、欲望のバグが暴走してるだけだろ! 東雲さんは、おらが存在を確定させたんだべ! 距離をとれ、距離を!」
おらは思わず、東雲さんをぎゅっと抱きしめ直した。おらの存在が、彼を守るための最も強固な壁だと、他の女たちに見せつけるように。
和歌山アヤメの物語:管理者の隙と具現化の誘惑
ああ、東雲くん。なんて無防備なんや。
彼はいつも、自分の力を恐れて心を鋼鉄の扉で閉じている。ウチの夢想具現でも、彼の核心的な「倫理設定」には触れられへんかった。でも、今の彼は、扉どころか、セキュリティシステムごと落ちとる。
「東雲くん、汗がすごいわね。ウチが拭いたげる」
ウチはそう言って、彼を抱きしめるヒカリを押し除けるように、彼のパーカーのジッパーにそっと指をかけた。ジッパーを少し下ろして、露出した白い首筋に、そっと袖を滑らせる。
(彼の冷たい肌に触れると、ウチの心の中の欲望が湧き出る。この最強の管理者さえ、ウチの醜い夢に屈服させられるんじゃないかっていう、甘い背徳感が……!)
ウチの心の中の「欲望のバグ」が、無意識に具現化を始めた。地下室の隅に、東雲くんの全身を縛りつける、透明で艶めかしい縄が、わずかに揺らめき始めたのが見えた。
「東雲くんは、管理者や。ウチの最も深い欲望を、壊さずに制御してくれる。この無防備な姿も、ウチの欲望の物語のご褒美なんやろ?」
ウチが熱っぽい目で東雲くんを見つめると、キョウコが冷たい声で横やりを入れる。
「アヤメ。その縄の具現化は、この空間の物理法則の安定性を損なう。非効率。東雲くんの回復を妨げる確率:98.7%」
「あんたは黙ってて! あんたの論理なんか、東雲くんの無防備な魅力の前には、何の役にも立たへん!」
ウチの感情的な反論に、キョウコは感情を動かさずに、ただ論理で上書きしてくる。この冷たい女も、東雲くんに依存しているくせに、自分の気持ちを認めようとしない。東雲くんの周りは、愛憎と論理の混沌で溢れている。
札幌キョウコの物語:非効率な感情と論理的な処置
「非効率だべ」
これが、俺の分析結果だ。
イリーニャ・マーリンの自我改竄を処理した後、東雲くんの精神活動レベルは、臨界値を遥かに下回っている。回復に必要なのは、静かな環境と、正確な栄養補給確率の計算だ。
だが、ヒカリは感情的に抱きしめ、アヤメは醜い欲望のバグを具現化させている。両者ともに、東雲くんの回復確率を40%以下にまで引き下げている。
「ヒカリ、過度な密着は体温の再上昇を阻害します。東雲くんの生存確率の論理的な維持のため、すぐに体勢を改めろ」
「嫌だべ! おらがいるから、東雲さんは存在できるんだべ! 論理なんか関係ねぇ!」ヒカリはムキになって抱きしめる力を強める。
「存在の確定と、肉体の生存確率は別問題です。このままでは、彼の物語の結末が、悲劇で確定する確率が上がる」
キョウコは、感情を排して淡々と論理を突きつける。東雲くんの運命を支配するのは、感情なんかじゃない。確率だ。そして、俺の論理的な処置こそが、彼の運命を奇跡(確定確率100%)に変える唯一の方法だ。
その時、隅で静かに座っていたイリーニャが、口を開いた。
「皆さんの行動は、極めて非普遍的で非効率的です。しかし、東雲冬弥という新しい物語を継承する私にとって、この混沌こそが、彼の『自我の自由』を証明する、最も説得力のある論理かもしれません。私は、彼の回復に必要な『静寂』という物語を、ここで観察させていただきます」
新参者まで、東雲くんの無防備な姿に自分の哲学を見出し始めている。
東雲くんは今、完全に脱力している。無意識に口を開き、よだれまで垂らしそうになっている姿は、世界のルールを改竄できるバグ・エディターとは程遠い。
だが、この無防備さこそが、彼の最大の強さだ。彼の周りでは、ヒロインたちの愛憎と論理、そして新しい哲学が衝突し、彼を守るための新たな物語が、混沌の中から確実に生まれている。
そして、その混沌を目の前にしても、東雲くんは目を覚まさない。彼は、このカオスな状況を、無意識下で「最小限の改竄で済む」と判断し、安心しきっているのかもしれない。
「あぁ、もう! 早くこの無防備なバグをデバッグしないと、ウチらの貞操の確率が下がるべ!」
ヒカリが叫び、アヤメが笑い、キョウコが解析し、イリーニャが観察する。地下室は、東雲冬弥という名のバグを巡る、コミカルで危険なハーレム空間と化していた。
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