第10話
俺の意識は、濃い霧の中に沈んでいた。
沈黙のバグと神話の強制。二度の能力行使の反動は、肉体の限界を遥かに超えている。ヒカリの細い腕の中で、コンクリートの冷たさと、彼女の温もりだけが、俺の意識を現実につなぎとめていた。
だが、安息は許されない。能力の残滓が、周囲の三つの熱源、三つの異なる「物語」の接近を告げていた。
「このままでは、彼の肉体は異能の反動熱を処理できず、論理的に機能停止する確率が75%です」
キョウコの冷たい声が聞こえた。彼女は手に持った端末で俺のバイタルデータを正確に解析している。
「非効率的です。衣服による体熱の滞留は、回復確率を下げます。ヒカリ、アヤメ、すぐに彼の熱排出効率を最大化する論理的な処置を施すべきです」
キョウコはそう断言すると、俺のパーカーのジッパーに手をかけた。論理的な処置。この女の頭の中では、俺の身体は単なる演算装置なのだろう。
「やめろ、キョウコ! 勝手に東雲さんに触るなべ!」ヒカリがムキになって抵抗するが、キョウコの指は正確にジッパーを下ろした。
「東雲くん、ウチがやってあげる。ヒカリの存在確定っていう物語より、ウチの欲望っていう物語の方が、彼の熱を上げるには効率ええんちゃう?」
アヤメは艶めかしい声でそう囁き、俺のパーカーを肩まで引きずり下ろした。彼女の吐息が、露出した俺の胸板に触れる。ウチの心には、無防備な俺を欲望の物語で支配したいという、醜いバグが渦巻いているのが分かった。
ヒカリは悔しさに顔を歪ませたが、アヤメの行動を止められない。なぜなら、キョウコの論理が「熱排出効率の最大化」という正しい目的を提示しているからだ。ヒカリの純粋な愛の感情は、この論理の前では無力だった。
俺のパーカーが脱ぎ捨てられ、上半身が晒される。能力行使の冷や汗で濡れた肌に、地下室の湿った空気が触れる。俺の意識は朦朧としていたが、皮膚を這うアヤメの濡れた指先の感覚は、鮮明なエラーコードとして脳に焼き付いた。
アヤメは濡れた指先で、俺の胸板の汗を拭う振りをして、そのまま滑らせていく。その視線は、俺の腹筋の割れ目、そしてその下へと向かっている。
「ふふ、東雲くん。あなた、ウチの夢想を、壊せへんやろ? 無防備なあんたを、ウチの最も醜い物語で包み込んであげる……」
彼女の指先が、パンツのゴムに触れた、その瞬間だった。
――破壊するな。
俺の意識は、かろうじてその一線でストップをかけた。だが、声は出ない。言葉という改竄の起点を失っている。
俺の脳裏に浮かんだのは、ただ一つの、概念。
「その、設定……局所的な不快感」
俺は、能力を使わなかった。ただ、極限まで能力を制御した俺の反射神経が、アヤメの指先が触れた局部に、ごく微細な「痛み」という非論理的なバグを強制的に誘発させたのだ。
「ひゃっ!」
アヤメは悲鳴を上げて、手を引っ込めた。
「な、なんや今の!? 小さな電気ショックみたいに……いや、これは論理的な拒絶や!」
彼女は驚愕に目を見開いた。彼女の欲望の物語は、俺の能力によって、最小限の不快感という設定で強制的に遮断されたのだ。
「東雲くんは、醜い欲望の物語を、自らの反射で制御している……」アヤメは悟り、俺への依存と畏敬の念をさらに深めた。
その時、ヒカリが、俺を庇うようにアヤメを突き飛ばした。
「アヤメ! 何してんだべ! 東雲さんは、あんたの欲望をデバッグしたんだべ! 穢すな!」
「穢しとらんよ、ヒカリ。これは倫理の確認や。彼は、自分の力を最も恐れ、貞操の危機でさえ、破壊ではなく不快感という最小のバグで防ぐ。これが、彼の管理者としての論理や」アヤメは、悔しさと満足感の入り混じった顔で笑った。
そのヒロインたちの混沌とした衝突のさなか、新たな警報が俺の瞳に点滅した。
《緊急警告! 空間の論理設定が、非論理的な力によって二重に固定されています》
地下室の四隅の壁が、再び静かに震え始めた。
それは、ルーカス・エルナンデスが外部から放った、継続的な感情の熱波と、エリオニール・グレイシャが遠隔で強制している沈黙の重圧が、この空間に同時に作用し始めていることを意味していた。
二人の執行者は、俺の疲弊と、ヒロインたちの混乱という偶然を狙って、「感情の暴走」と「言葉の封印」という二重のバグを同時に仕掛けてきたのだ。
俺は声が出せない。能力の残滓はほとんど残っていない。そして、空間の「語り」と「感情」という、二つの根源的な設定が、同時に固定されつつある。
(次は……最小限で、どうする……?)
俺の無防備な身体の上で、ヒカリが必死に俺を抱きしめる。この極限の状況で、俺の不完全なバグ・エディターは、破壊を回避し、生存の物語を確定させられるのか。俺の心は、能力暴発の恐怖で満たされていた。
異能制度クラッシャー!俺だけバグってる世界で無双する件(長編版) 匿名AI共創作家・春 @mf79910403
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