滅びの魔女

 あれだけ私のことを殺したがっていた兵士たちだ。おそらくこのまま去って行くことはないはず。


 まずは襲っている兵士たちをどうにかしないと。


 敵の数はわからない。

 ただ、魔女わたしの魔法で相当数の兵士が姿を消していた。


 それでも私一人に対して数人……、もしかすると十数人くらいいるかもしれない。



「……私にできることを調べておいたほうがいいね」



 この身体に残された記憶だと、私は魔女と呼ばれ魔法が使えたようだった。

 子供である私が使える唯一の武器と言っても過言ではない。


 記憶を遡り、魔法を試してみる。

 地面に手を付き、体内を流れる血液とは違うものを体外へと放出する。


 普通の人間には扱えない、魔女だけの力。

 そのはずなのだが……。



「あ、あれっ? 使えない?」



 記憶の中の魔女わたしはもっと簡単に魔法を使っていた。

 しかし、今の私には上手くいかなかった。


 体内の熱が動き回る感じなのに、全然動かせないよ……。


 今にも兵士が襲ってくると考えると焦りが先行してしまう。



「ど、どういうこと……? も、もしかして、あのときに全ての力を使い果たしちゃったの?」



 思い出したのは、私が転生するきっかけとなった出来事。

 周囲の兵士を跡形もなく消し去った上で、元々の魔女わたしの記憶をも消した滅びの魔法。


 あれほどの力を使ったのだ。

 しばらく魔法が使えなくなってもおかしくないのかもしれない。


 このあたりのことは今の私にはわからない。

 ただ、魔法を頼れない以上、別の方法で兵士たちを倒す必要が出てきたようだ。


 体力もなく、力も期待できないこの身体でできること……。



「私が戦えないなら……」



 周囲を見渡して何か使えるものがないかを探す。


 側に濁流が流れている森の中。

 夜ということもあり、辺りは暗く視界は悪い。


 何か罠を仕掛けておけば、気づかれずに引っかかってくれそう。でも、罠を作るにも道具が必要になる。


 そのとき、森の奥から低く唸るような咆哮が聞こえる。

 鳥が一斉に羽ばたき、あれだけ静かだった森が騒がしくなる。


 私も思わず背筋が凍る。


 この森、危険な生き物がいるの? そんな記憶なんてないけど。

 逃げなきゃ。ううん、待って――。



「……これ、使えるかも」



 この森に危険な生き物が生息している。

 私は知らないけど、さすがにここまで襲撃してきてる兵士たちは知っているはず。


 もし、そんな危険な生き物が現れたら――?


 別にわざわざ私自身の手を汚す必要なんてどこにもない。

 問題はどうやってその生き物と兵士たちを出会わせるか……。


 下手をすると私まで襲われかねない。



「あれっ? そんな危険な生き物がいる中、どうして今まで出会わずに済んだんだろう?」



 何か事情がありそうに思える。

 改めて私は自分が持っているものを見る。


 ボロボロで穴だらけ、所々血が滲んだワンピース。

 お姉さんがくれた小さな石のついた髪留め。

 一輪の花。


 川で溺れたはずがずっと握りしめていた花。


 お姉さんにあげそびれたなぁ……。


 できれば小屋の跡地にお墓を用意して添えたいけど、すぐには無理そうだ。


 でも――。



「待っててね、お姉さん。私がどうにかするから……」



 花を強く握りしめると私は森の中へと進んでいく。

 危険な生き物へ向かって――。



         ◆ ◆ ◆



 魔女討伐に出向いていた兵士は、魔女の圧倒的な力を見て絶望的な表情を浮かべていた。

 小さな少女を中心に襲いかかっていた兵士はおろか、草木や小さな虫などすらも消え去り、黒ずんだむき出しの土だけが残されていた。



『滅びの魔女』



 その名前がぴったりの少女はどこか虚ろな視線を見せている。


 今なら殺れるか?


 相手は危険な魔法を使う魔女。

 その見た目に騙されてはいけない。


 幼い少女にしか見えないが、すでに何人もの兵士たちを闇に葬っている。

 魔女は排除しなければいけない。


 気配をなるべく殺し、ゆっくりとした動きで少女を包囲する。

 その瞬間に少女の目に光が宿る。



「えっ、な、なに? なにがあったの?」



 キョロキョロと顔を動かす少女。

 その姿は年齢相応のものに見えた。


 あまりの変貌ぶりに兵士たちの動きが固まる。

 しかし、すぐに兵を纏めている士長が声を上げる。



「逃がしてはならん! 殺せ!」

「ひぃっ」



 少女は肩をビクつかせ、突然逃げ出していた。

 そこでようやく兵士たちは身体の硬直が収まり、少女に向けて弓を射かけていた。



         ◇ ◇ ◇



 ……何かがおかしい。


 いくら追いかけながら射かけているとはいえ、兵の数は十を超えている。

 致命傷にもならないかすり傷しか負わせられないなんてあるだろうか?


 まさか、魔法か!?


 一旦攻撃する手を緩め、よく観察する。

 すると、少女を直撃しそうな矢は不自然に方向を変えていた。



「あぅっ……」



 少女の肌を更に傷つける。

 しかし、それも致命傷にはほど遠かった。


 適度に傷を負っているから気づきにくくなっているようだ。

 本人からも魔法を使っている様子はない。


 まだ魔女の仲間が潜んでいるのか?

 それならば今少女を追っている我々など格好の餌食ではないか?


 嫌な予感が脳裏をよぎる。

 しかし、たかが一兵士に動きを止めるという選択肢はなかった。


 くそっ、嫌な仕事だ。


 悪態をつきながら兵士は少女を追い詰めていく。

 そして、ついに逃げ場がなくなる。


 先日の大雨の影響か、少女の背後にある川は氾濫している。

 とてもじゃないが泳げるような状況じゃないために逃げ場はない。


 少女の顔色から焦りが見える。


 相手は滅びの魔女だ。


 兵士たちも緊張しながらじわりじわり近づいていく。

 魔女を確実に仕留めるために……。


 しかし――。



「あっ……」



 呆けた声と共に少女の身体は川へと投げ出されていた。

 兵士たちはしばらく黙って川を眺めていた。



「自ら死を選んだか……」

「本当に死んだのでしょうか?」

「さすがに無理じゃないか?」

「確認は必要だ。魔法で生き延びるかもしれん」

「し、しかし、この森は……」



 不気味な森を見て兵士の声が震える。



「安心しろ。森の魔女はもう死んだんだ。危険な魔獣をけしかけられることはないはず」

「そ、そうだよな。よし、手分けして探すか」

「なら、日が昇り始めたら一度集まるぞ」



 隊長の一言に兵士たちは頷く。

 そして、散り散りに周りを探し始めていた。


 そんな彼らを眺めていた一人の青年。

 背が高く、艶のある黒髪を持った比較的整った顔立ちをしているが、目が鋭く険しい顔立ちをしている男が、醒めた目で兵士たちを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月26日 20:00
2025年12月27日 20:00

滅びの魔女の謀(はかりごと) 空野進 @ikadamo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ