第16話 薬草採取をしよう
プチ、プチ、プチ。
プチ、プチ、プチ、プチ、プチ、プチ。
広がる青い空、青々とした木。少し冷たい風と緑の匂い。
街から少し離れた森の入り口で、ティールはひたすら薬草を摘んでいた。その目はキラキラと、とても輝いている。
ーーた、楽しい!!
黙々と、教えてもらった薬草を摘んでいるだけなのだが、自分には合っているらしい。
ヴィクトルは薬草採取を教えてくれた後、しばらくして、特に問題ないと判断したのだろう。すぐ近くの木にもたれ、考え事か、目を閉じている。
警戒は怠っていないようで、時折ナイフを投げては、近くに寄ってきた小型の魔物を狩っているようだった。
背後に控えないのは、ティールが採取をしやすいようにと配慮してのことだろう。
少し離れるからか、小型の魔物でも人を襲うから、気をつけるようにと何度も言われた。
その小型魔物は、ティールの近くに来る前にナイフが刺さって、全く近寄れないようだが。
冒険者登録を済ませたのが昨日。今日は朝早くから外へ出て、薬草採取の依頼のため、街の近くの森の入り口へとやって来た。
ちなみに、「朝日と共に行きましょう!」と言ったのは、とても"いい笑顔"のヴィクトルである。
このヴィクトルの"いい笑顔"には、何か理由があるとティールは最近、気がついた。確信は昨日のギルド長達とのやり取りを見ていて、だ。
理由がなんなのかは、まだ分からないけれど。
その"いい笑顔"に、「ギルド支部が閑散としてる時に、人目に触れず、さっさと出発しましょう」と、ティールは押しきられた形である。
距離がある、と感じる。
それが何に対してなのか、誰に対してなのか、人の機微に疎い自分には分からない。
「……」
ティールの手がほんの少し止まる。
冷たい風が、そっと撫でていった。
ティールの小指にあるリングは、日に1、2度、感情の揺れを検知して過剰魔力を吸収し、熱や光を出す。
その度、ヴィクトルに落ち着くようにと、ティールは注意を受けていた。
ーー先ずは言われたことを出来るようになろう。
人として未熟な自分には、それがいいと思った。
いつか、あの輪に入れたらなと思う。
きっと、もっと楽しいと思うから。
そうして目に入った、自分の服装を見る。
ーー今日の服装は、冒険者ぽいよね?
今日のティールの服装は、フード付き腰丈の茶色のマント。リボンタイの長袖の白シャツ、黒のパンツにブーツである。
その手にはグローブをつけていた。
コーディネートは、もちろんヴィクトルである。
公爵令嬢時代、メイドが服を選ぶのは、よくあることだった。
けれど、ヴィクトルは執事。今は、冒険者の先輩にもなる。
いつまでもこのままでいいのだろうか、甘えてはいられないのでは?と思う。
早く一人で、いろいろと出来るようになろうと、ティールは密かに誓った。
公爵家には戻らない、そう決めたけれど、ふとした時にお父様には会いたいと思ってしまう。
お母様のお墓参りにも、いつか行きたい。
「ティー様、少し休憩にしましょう」
昨日の冒険者登録を機に、呼び方が変わった。そして、ヴィクトルの執事服も。
ヴィクトルは今、白シャツにズボン姿でやや着崩している。髪も、いつもおろしていたのを雑にかき上げている。
ちょっと野性味と言うのか男らしいと言うのか、ティールは直視してしまい俯く。ドキドキする。……見慣れない。
ーーだめだめ。不自然になっちゃ、いけないのに。
これは昨日、ギルド長からの勧めだった。
『"ウル(銀髪)"と"ヴィクトル(黒髪)"はこの辺じゃ、兄弟説でからかわれて、そこまで、だ。コイツの内面の情報も少ないし。実際、絡んでも返り討ちだしなー。
が、嬢ちゃんが冒険者としてこれから活動するなら、また別の話だ』
ギルド長は、後ろに控えるヴィクトルをじっと見ていた。さっきまであった気さくな雰囲気はなく真剣で、自然とティールは背筋が伸びた。
『嬢ちゃんが、自分の身を自分で守れるようになるまで、でもいい。ーーヴィクトル、お前。呼び方も服装も変えろ』
『お一人の腕の長さは、決まってますよぉ。避けられるトラブルは、回避してこその紳士かと思います』
後ろを振り返れば、思い当たることがあるのかヴィクトルは黙っていた。
『……私も、変えた方がいい?』
『ミルティちゃんは、そのままで良いの。変えるなら呼び方だけれど、無理しなくて良いですよ』
とティールが聞けば、答えてくれたのはドリィだった。
ドリィはそのまま、ティールに分かるように説明してくれる。
銀髪姿のヴィクトルは、《A級冒険者銀狼のウル》として、そこそこ有名人。
髪型や服装、をちょっと変えたところですぐにバレるらしい。
そこに突然、新人の私が加わって「お嬢様」なんて呼ばれれば、"ワケアリ令嬢とその護衛"の完成ということらしい。
仮に"お嬢様"と言わなくても、突如現れた私に対してのヴィクトルの接し方は、ヴィクトルの弱点としてとらえられやすい。
もしくは、これまで単独行動していたヴィクトルが目にかける実力者、弟子等と認知されれば、どちらにしても、厄介事にしかならないそうだ。
ーーそんなに有名人だとは思わなかった。
さらにヴィクトルは、オルド王国近隣諸国でも依頼を受けていたと言うから、おそらくこの街以外でも認知度は、そう変わらないとのことだった。
余談として教えてもらったけど、S級、SS級は下位の依頼を受けることがほとんどないため、A級は身近な人気者として有名になりやすいのだとか。
ーー私の執事、私の側に居ながらいつの間に?その時間は、どこから捻出されてるの?
もしかして、同行できないお茶会や夜会の度に出掛けていたのだろうか……。
それに比べれば、黒髪のヴィクトルがダザル帝国で活動し始めたのは、ここ1ヶ月程度で、服装や言動で印象操作が間に合うらしい。
その証拠に、この1ヶ月の間、兄弟説が浮上しているのも、ギルド職員へ銀狼の情報統制をしているからとのことだった。
私が現れても、新人としてではなく、パーティーメンバーが療養していた、で押し通せるそうだ。パーティーメンバーとして街に来た体なら、いくらかカモフラージュ出来るらしい。
家族や恋人がパーティーを組んでいることは珍しくないそうだ。
けれど、服装や呼称がそのままの場合。オルド王国の公爵家で仕えていた、執事ヴィクトル本人そのままなので、横にいる私の素性が水晶姫として、まずバレるだろうと。
割合としての話になるけれど、と最後に言われたのは、銀髪は大陸全体で見ても珍しいらしいこと。対して黒髪は多いわけでもないが少ないわけでもないよくある色なのだそうだ。
分母が多い方が、紛れるには良いらしい。
『ミルティちゃんまで変えるとね。二人、ギクシャクしちゃうでしょう?そうなるとやっぱり、変だなって目立ってしまうの』
『そういうことで、口調までは変えなくていい。不自然に目立てば意味ないしな。……それにお前、嬢ちゃんとそれ以外には色々違うから大丈夫だろ』
ーーギルド長、それは私が子供扱いされてる、ってことですか?
『そういうことで、協力出来るのは呼び方と服装を変えたら、だ。まぁそれでもあら探しするヤツはいろいろと探り当てるだろうが、やらんよりマシだ』
ちょっと落ち込む私は置いてきぼりに、ギルド長は続けた。が。
俺も命は欲しい。と彼は最後によく分からないことを言っていた。
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