第15話 名の重み[冒険者ギルド長視点]
冒険者登録を済ませて、タグを大切に抱え部屋に戻った嬢ちゃん、もちろんヴィクトルもだ。
退室する時まで、ヴィクトルはかなり睨んで、というか殺気が混じってた。
あれは絶対に、後で話を聞きに来るなー。さて、どうするか……。
今、執務室にはドリィと二人しかいない。と、なれば。
「あー。あー。俺は……もう、ギルド長、辞める、辞めるぞ!ドリィ、頼んだっ」
「頼まれません。頑張ってください」
ソファに全身を預け、俺は力一杯に叫ぶ。ギルド長室は防音だ。叫んだって外には聞こえない。
やさぐれなければ、やっていられない。カスハラもいいとこだろっ。これは!
ーー理不尽だっ!酒でも飲まないとやってられない!
コトリ。
「はい。今日は、特別です」
ドリィがテーブルに、ブランデーを一つ置いた。まだ日は高く昇っている。とりあえず、ドリィを拝むか?
「……」
ふーと、グラスを乱暴に掴むと、ぐいっとあおる。カッとした熱が喉を通りすぎた。
「親子そっくりなんですねぇ。驚きました」
「……性格は似てねぇ。考え方がシンプルだから、行きつくんだろ」
酒に揺れる氷に、父と子を思い浮かべーー自然と、手に持つグラスにも力が入る。
古い付き合いだ。共に任務をこなし、背中を預けあったこともある。
……相手がどう思ってるか知らんが。
ある男に、惚れた女がいた。
屋敷の外でさえ、満足に出歩けないほど、身体が弱かったらしい。
当然、女は外の世界に憧れた。
移り行く空の色、冷たい風、空から降る水、冷たい氷、草や花や虫、動物、人の営み、全てに、心を動かされ、我がことのように感じる感女だったそうだ。
惚れた弱みで、男は見聞きした外の話をいつも聞かせていた。
そして、いつしかそれは変わっていった。
外に憧れた"女の名"を世界に響かせることにしたのだ。
連れていけない彼女の代わりに、名を連れて行くーーひどく、不器用なやつだった。
当然、"ミルル"なんて女の響き、名声へ僻みや妬み、酒の肴にと、男は何度もからかわれていた。
絡んだやつらはーー全員氷漬け、だ。
《SS級氷剣のミルル》
娘が産まれ、妻が逝き、男はSS級の姿を現さなくなった。
それでも、その名は今も、知るところには知れ渡っている。
吟遊詩人の歌になっているとも聞いたことがあったな。
今日、その娘は父と、同じ名をつけたがった。
あの父の娘なら当然、 今後上級へ上がるだろう。
そして、今、彼女の生家公爵家だけでなく、オルド王国はキナ臭い。
"ミルル"の名でなにか起これば、それは彼女の両親が望まないことは明白だ。
悪目立ちは、避けるのが無難だろう。
何かあれば、怒り狂った男が世界全てを凍らせるかもしれない。
それとも、冒険者名に同じ名前をつけようとした、と知ったら、あの男は喜ぶのだろうか?
いや、その前に……。
『あ、《ミルティ》なんてどうだ?』
先ほどの己の発言に頭を抱える。
「どう見ても、俺、名付け親になったよなぁ……。俺、物理で首飛ばない?大丈夫???」
「首が飛ぶより、氷像になるのではないですか?」
ドリィは軽く目を細め、ため息をひとつつく。
それだけでズシッと、俺の肩に重石が乗るようだ。
頭を振ってグラスを煽る。
カランと氷だけが虚しく響いた。
「……」
ドリィを無言で手を合わせた。
何かあったら、助けてくれ、そう拝んだ。拝むしか、なかった。
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