甘党なかみさま

陽麻

甘党なかみさま

 年末のにぎやかな商店街は、人であふれかえっている。

 俺は入社二年目の社会人で、あまり金がなかった。

 そんなときでも、年末くらいはこことは遠い実家へと帰りたいと思っている。

 が、なんせ先立つものがなかった。うちの会社は不景気でボーナスさえもでなかった。

 飛行機代、電車代、手土産、色々考えると、金が圧倒的にたりなかったのだ。


 恋人に借りるわけにもいかず、俺は今年の実家帰りは金がぎりぎりかなと思って歩いていると、前からとびきり目立つ、緑色の髪をしたチャラい男が歩いてきた。

 ああ、こういうヤツに絡まれるとめんどうだな、と思ってとっさにヤツとは離れた方へと身をうつす。が、その緑の髪の男は、俺と同じ方へと身をうつしてきた。

 このままだと、すれ違う距離にきてしまう。もっとよけなければと思うが、もう近くにきていた。


義純よしずみくん」

「!」


 そいつは俺の名前を呼んだ。とっさにそいつの顔をみてしまう。

 緑色の短髪だけでも異相だったのに、耳にはいくつものシルバーアクセサリーをして、同じような模様のネックレスをつけていた。手にはドクロの指輪をしている、パンクな男だった。


「……なんですか?」

「いや、君の恋人の香苗ちゃんに、頼まれてさ」

「何を……ですか?」

「君にいろいろたくさんおごってもらってって」


 ……たかりか。

 しかし、こいつは俺の恋人の名前を知っている。なんでだ。


「香苗をしっているのか?」


 用心深くきくと、そいつはうなずいた。


「どうして……香苗の名前を知っている? 俺の名前も」

「俺、運命のかみさまだからさ」


 こんどはヤバそうなことを言い出した。

 早く話を打ち切って、去ってしまわなければと思いつつ、香苗を知っているというこいつを、無視できなくなっていた。


「俺がそれを断ったら、香苗はどうなる?」


 こわごわと聞けば、そいつは含み笑いをして、「どうなるだろうねえ」と妖しい目をした。


「……わかった。お前の条件を言ってみろよ。でも最初に言っておくけど、俺、金はもってないからな」

「うん、知ってる。俺、運命のかみさまだから。じゃあ、いこうか。ちなみに俺の名前はミコトっていうんだ。そうよんでね」


 ミコトはウインクして笑った。

 俺はこの先、どうなるんだろうか。

 このミコトっていう奴はなにものなんだ。

 不安に駆られながらもミコトはまず、商店街のケーキ屋に目をつけた。


「じゃあ、初めはケーキとマカロンを買ってよ。店内で飲食加だって。食べてこう!」


 ミコトはうれしそうに俺の手を引く。

 俺は嫌々そのケーキ屋に入って行くことになった。


 こじゃれた店内は、シックな感じの高級店っぽい雰囲気だった。

 ミコトはまず、店内にはいって一番値段が高いケーキであるザッハトルテと二番目に高い季節のフルーツタルトを頼み、アールグレイの紅茶を飲んだ。


「おいしいね。店をみたときに、良い店だと思ったんだ」

「ああ……そうか」


 俺はうろんな目付きでミコトを見る。

 俺の財布から、故郷へ帰るための金が少し減った。そして俺はミネラルウォーターを頼んだのだが、ただの水が500円もした。信じられない。

 ミコトはバクバクと食べて行く。


「高いんだからもっと味わってたべろよ」

 思わず出たことばに、ミコトはそんなこと知らんという顔で五分ですべてを平らげた。会計をすませようとレジへ向かうと、ミコトはショーウィンドウに並んでいるケーキとマカロンを指さす。


「ケーキ屋にきたらマカロンだよね、さっきも言ったけど」


 満面の笑みでミコトは俺をみる。

 値段をみるとそのマカロンは一個680円もした。ちょっと大きめで上にクリームやチョコレートがデコってあって、とても綺麗だ。        


「マカロン十個と、あとさっきのザッハトルテ二個、おみやげにもってく」


 十個も!? もってくって……。その金は俺の財布から出て行くのか?


「義純、よろしくね。香苗ちゃんも喜ぶと思うし」


「さっきっから思ってたんだけど、お前は香苗とどういう関係なんだよ」

「うーん、説明が難しいからパスね」

「なんだそれ……」


 脱力しつつ、ミコトがさっき言ったものをお土産用に包んでもらう。

 袋に入ったものを満足気にみながら、ミコトはケーキ屋を出た。


「次はー、そうだな、タピオカジュース飲みたいな」

「まだ甘いものが腹に入るのか」

「まあね。ほら、あそこの店だよ」


 ミコトはケーキ屋から少し先にあるスタンドタイプのドリンク店へと足を向けた。

 そこでも一番高いタピオカジュースを飲んで、一息ついた。


「ミコト、血糖値とか大丈夫なのかよ」

「大丈夫。俺、神様だし」

「あっそう……」


 それからミコトは次々と甘いものを食べては俺に支払いを任せ、六件近く店を回ったところで俺をみた。


「さてと。もうそろそろお腹もいっぱいになったし、頃合いかな。ごちそうさま、義純」


 ミコトが俺の頭上でそう言ったとおもったとき。

 商店街のどこにも、もうミコトの姿は見えなかった。


 果たして、おれはミコトの散財で、実家に帰ることが出来なくなった。

 仕方なく年末番組をみながら茶をすすっていると、緊急速報が入った。

 飛行機事故だった。

 それも、俺が乗るはずだった飛行機。

 ミコトの散財が無ければ、俺が乗っていただろう、行先の飛行機。

 ぞっとした。もし、ミコトがいなければ、俺はこれに乗ってたかもしれない。

 携帯電話が鳴った。恋人の香苗だった。


「よしくん、これからそっちに行ってもいい? 美味しいケーキとマカロンがあるの」


 そのセリフにミコトを思い出したが、すぐに頭から追い出した。


「ああ、香苗、一緒に年越ししよう」

「うん」


 こうして俺は恋人の香苗と幸せな年越しを迎えたのだ。





みこと様、有難うございました!」

「いいよ。たくさんおごってもらったし、俺も良い思いができたから」 


 香苗は尊に深く頭を下げる。泣きじゃくりながら。


「はい、これおみやげ」


 ミコトは香苗に高級ケーキ店でのお土産を渡した。


「尊さま、よしくん、生きてました」


 香苗はまた、号泣した。


 飛行機事故で逝ってしまった恋人を想って、時間を巻き戻して義純に飛行機に乗れないようにしてください、と地元の小さな神社へと願いをかけた。知らせを聞いてすぐに一番家から近い神社へと行って。

 元から聞き届けられる内容の願いではなかった。

 でも、香苗はどうしても願わずにはいられなかった。

 そうしたら、緑の髪のちゃらい感じの男が社から出てきたのだ。男は香苗の入れた賽銭を握っていた。 


「時空をあやつるには、ちょっと賽銭がたりない気がするけど、まあ、いいよ」

「あなたは……」


 そういう香苗に男はいった。


「俺は運命の神、尊。ミコトってよんで? かわいい参拝者さん。新年早々泣いていたら、可愛いのに台無しだよ」


 そう言った。



「尊さま。今度はよしくんと一緒にきます。そうしたら、逢ってくれますか?」

「どうだろうね。でも、もうきっと会うことも、その必要もないと思うよ」


 ミコトはにっこりと笑って香苗に背を向けると、やしろの中へと入って後ろ手に戸を閉めた。


 おわり

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甘党なかみさま 陽麻 @rupinasu-rarara

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