リバースプロキシ 桜の下で 5

 目を閉じると記憶が瞼に映る。


『もうすぐデビューするの』

 ルキちゃんとシュリちゃんと

『曲、作ってね』

 私たち楽しみにしてる

 

 ずっと。

 ずっと。

 不思議に思っていた。

 

 そんな妹が死ぬはずないって思ってた。

 

 平水万里江は目を開くと鞄にナイフを入れた。

「有里江、気付いてあげれなくてごめんね。だけど、無念晴らしてあげるから」

 そう呟き、家を後にした。

 

 温かい春の夜。

 桜の蕾は赤い花先を見せて咲き誇ろうとしていた。

 

 春彦は伽羅達三人と共に平水家へと訪れた。

 が、一歩違いであった。

 

 彼女の母親は

「万里江なら今お友達に会いに行くと出かけました」

 と告げた。

 

 春彦は母親に

「どこへ行かれたか分かりませんか?」

 と聞いた。

「急ぎなんです」

 

 母親は困ったように

「その、貴方達は」

 と言いかけた。


 怪しいという事だ。


 それにルキは横に立っていた伽羅の手を思わず握って勇気を出すと

「私、ユリエちゃんと……歌手になろうって約束してたルキって言います。ユリエちゃんのことでお姉さんが大変なことをしようとしているかもしれないんです」

 教えてください! と告げた。

 

 母親は一瞬顔色を変えて少し戸惑いつつ

「でも、そんな……」

 と呟いたものの

「……貴方、万里江と有里江ちゃんのことを……知っているの、ね」

 と問いかけた。

 

 ルキは頷き

「はい!」

 と強く答えた。

 

 母親は息を吸い込み携帯を出すと春彦たちに見せた。

「携帯の位置情報だから……間違いないと思うわ」

 

 春彦はそれを見つめ

「……工場裏だ」

 というと

「ありがとうございます」

 と答え、駆け出した。

 

 母親は「もし何かあったら……」と唇を開いた。

「連絡をしてちょうだい。お願いします」

 

 春彦は頷きながらも足を止めることなく駆けた。

 

 間に合え。

 間に合え。

 間に合ってくれ。

 

 そう祈りながら走り続けた。

 

 工場裏は定時になると殆ど人通りはなくうす暗い闇が広がっているだけであった。

 そこに多田誠司が姿を見せた。

 

「ま、こっちは準備もしているし此処なら人目もないし……」

 そうニヤリと笑うと

「まして指定してきたのは向こうだから好都合だな。向こうもその気なのかもしれないか」

 ハハッと笑った瞬間に現れた人影に目を向けた。

 

「平水万里江さんですね。TGU10の曲……書いてもらえますよね」

 

 万里江は多田誠司の顔を見つめ

「その前にお聞きしたいことがあります」

 というと

「3年前にデビューしようとしていた少女モデルを殺したのは貴方でしょ? ショウカという彼女に言われて」

 と告げた。

 

 多田誠司は目を細めると

「は? 何の話を行き成り」

 と吐き捨てた。

 

 万里江は一枚の入場券を見せると

「ここのバンドハウスで貴方の話を偶然耳にして……調べさせていただいたの。正直に言っていただいたら脅すだけで許してあげますわ」

 曲の作成料倍額で、と笑みを浮かべた。

 

 多田誠司は真顔になると彼女に近付き

「ほぉ、金持ちの癖に金を脅し取ろうって? 確かにショウカに言われてデビュー前の三人に声をかけたさ。ルキはかってぇ鞄で殴りやがって……シュリのやろうは誘いにすら乗らなかった。それでユリエでしょうがないってカメラ用意して脅しネタを作ろうとしたら抵抗しやがって……あんまり暴れるので押さえつけたら……動かなくなったってわけだ」

と凶悪な笑みを深め

「まあ上手くごまかせたしショウカはTGU10に入ってデビュー……まあいいじゃんって喜んでくれたからな」

 と笑い、万里江に手を伸ばした。

 

「お望みどおりに今回も同じ手でいくか。おあつらい向きに人の来ない場所を選んで呼んでくれたからな」

 

 瞬間に万里江はナイフをカバンから取り出した。

「やはり、あの子を……妹を殺したのは貴方だったのね! 自殺するはずがないって思ってた。努力もしないで……そんなことで……デビューするなんて……」

 

 多田誠司は顔を歪めると

「はっ、あぶねぇだろうが使い慣れない野郎が人を刺せるか! ってーの」

 と万里江の手首をつかんだ。

 

 万里江は強い男の力に逆らうように動かし

「絶対に……許さない! 貴方もショウカって子も!!」

 と強く怒鳴った。

 

 多田誠司はにやりと笑い

「反対にあんたのあられもない姿を取って……曲を書いてもらうぜ。ショウカの頼みだからな」

 と奪い取った。

 

 そして、ナイフを向けて

「さあ、反対に俺が脅してやるぜ。ユリエと同じような目に合わせてな!」

 と足を踏み出した。

 

 万里江は強く足を踏み込むと飛びかかりかけた。


 その時、声が響いた。

「そこまでだ!!」

 同時にライトが二人の姿を浮かび上がらせた。

 

 春彦は多田誠司が用意していたカメラの横にあった懐中電灯を手に二人を見て

「多田誠司……貴方の話は貴方が用意したこのカメラに全て入っているし……俺達の携帯にも入っている」

 全て明らかにされる。と言い、万里江を見ると

「貴方がこいつを殺しても妹さんは喜ばない。だから、法の裁きをうけさせるんだ」

 と告げた。

 

 万里江は首を振ると

「ダメよ、絶対に許せない……ユリエがどれほど無念だったか。あの子がどんなに努力してデビューしようとしていたか知ってる。だから! 絶対に許せない!!」

 と拳を握りしめた。

 

 ルキはその姿に顔を歪め

「私もわかる……赦せないし許したくない」

 でも……、と顔を伏せた。

「私、でもと思うけど……言葉見つからない」

 

 そうだ。その通りだ。

 春彦は直彦の言った意味を理解した。

 

 正論では……済ませられない。

 そういうモノなのだ。

 

 伽羅は息を吸い込むと多田誠司を見て

「あんたは今夜ここで死ぬ運命だった。平水万里江さんに殺される運命だった……けど!  それを変えてほしいと願う何かが俺にその運命を教えてくれた」

 と言い

「それはあんたの命を守ることや許すことじゃない。きっと、平水万里江さん、貴方の未来を守りたいって思う何かの……誰かの願いだったと俺は思う」

 その願いが俺に夢を通じて教えてくれたんだと思う、と告げた。

 

 勇はキュッと唇を噛み締めると

「それは、きっと……ユリエさんだと思う。だって、自分のために自分の大切なお姉さんの未来を壊したくないって思うに決まってる。ただ、平水さんがその話を聞いたのは……自分は自殺したんじゃないってこともきっと知ってほしかったから……真実を知ってほしかったからだと思う」

 と笑みを見せた。

「私だって思うもん、真実は知ってほしい……でも春彦さんの未来を壊してほしくないって」

 

 その姿は万里江がいつか見た彼女の異母兄弟の姿によく似ていた。

『私幸せになるよ』

『だからお姉ちゃんも幸せになってね』

 

 ……お母さんは違っても姉妹なんだもん……

 

 春彦は愕然と崩れ落ちる多田誠司からナイフを奪い、万里江の前に立つと

「許さなくていい……許す必要はないし、そんな非道を赦す人間になる必要もない。だけど、こいつらと同じことをすればあなたも同じ罪の地獄に落ちる。だから、ユリエさんはその罪の地獄に大切なお姉さんが……貴方が落ちないように願ったんだと思う」

 と見つめた。

 

 万里江は両手で顔を覆い泣き崩れた。

 川沿いの一本の桜が綻ぶように開き、月光の下で淡い薄紅の花弁を咲かせた。

 

 それはまるで小さな願いが叶ったかのような姿であった。


 自ら撮ったカメラの映像で多田誠司は3年前の自殺が再捜査されて逮捕に至り、ショウカもまた殺人教唆及び共犯として今までの罪が明らかになると共に追及されることになった。

 

 平水万里江はその後、桜の前で妹の友里江とルキとシュリに送るはずだった曲を披露した。


 時が移ろう中でも懸命に冬を乗り越え美しく咲く桜と妹たちを例えた綺麗な曲であった。

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