リバースプロキシ 桜の下で 4
自殺は3年前の春の出来事であった。
早朝に花見に来た老夫婦が中学生の彼女が自殺をしているのを見つけ警察へと連絡した。
彼女の名前は早川有里江と言い少女モデルをしていた。
仕事は順調でプロダクションの期待も大きかったらしい。
トラブルらしいトラブルもなく……当時は何故自殺をしたのかと騒ぎにもなったがプロダクション側が騒ぎを大きくしないようにメディアや様々なところに働きかけたらしい。
春彦は渡された資料と幾つかの写真を見て目を細めた。
彼女が所属していたプロダクションのダンス教室でのレッスン風景である。それを正面に座っていた伽羅と勇に見せた。
「このガラスの向こうに映ってるこの子……似てないか?」
レッスンしている彼女を含めた訓練生たちをガラス越しに見ている少女と。そして青年。
伽羅が描いた桜の下に埋められた男性に似ていたのである。
伽羅は目を見開くと
「確かに、こいつだ」
と指を差した。
勇も「うんうん、似てる」と答え春彦を見て
「それと私、この子は知ってる。ショウカって子だよ。TGU10っていうグループの一人」
と少女の方を指差して告げた。
春彦は彼女の言葉をおうむ返しに呟き
「TGU10か……とにかく、この自殺が伽羅の夢の事件の裏にあるのは間違いなさそうだよな。そこから調べるしかないか」
と呟いた。
それに勇は
「TGU10かぁ……知ってるのルキちゃんだけなんだけど」
と言い
「もしかしたらいけるかも……ちょっと待ってね」
と携帯を手にすると電話帳を呼び出して通話を押した。
春彦が顔を向ける間もないほどの早業であった。
彼女は向こうが出ると
「もしもし、ルキちゃん? 勇だよ。今、ルキちゃんの好きな夏月先生の家に来てるよ」
とニコニコしながら言うと携帯から悲鳴が響いた。
「うそ――――!!」
一輪挿しの恋人……の夏月先生様の家――――
「ひー」
ズルい――――
かなりの声量であった。
さすが歌い手である。
……だが。
……だがで、ある。
伽羅は小さな声で
「直彦さんも怖いけど、ファンも怖いな」
と呟いた。
春彦は耳を押さえながら
「ゲイノウカイ……スゴイナ」
とぼやいた。
勇はニコニコ笑いながら
「でね、ルキちゃんオフの日ある?」
と聞いた。
彼女は荒い息を吐きだし
「今日は、ダメ……けど、行きたい……まじ行きたい。ちょっと待って、スケジュール確認する」
と言って、駆け出す音が響くと周囲の音だけが返る数分の時間が過ぎ去った。
その後、二日後に会う約束が取れ、春彦と勇と伽羅と三人で彼女と落ち合う事になった。
季節はゆっくりと進み、桜の木々には固い蕾から僅かに花の色が小さく姿を見せ始めていた。
時間は迫っていたのである。
北城ルキは勇と同じ年の少女であった。
ショートカットの闊達とした少女で何よりも作家夏月直彦のファンであった。
春彦と伽羅と勇の三人は彼女とマンションの近くの駅の改札で合流した。
ルキは何故か有名どころのケーキの箱を持って春彦の前に立つと頭を下げた。
「先生様に迎えに来ていただけるなんて……勿体ないです!!」
春彦は慌てて
「や、俺はその弟で……作家は兄の方です」
と答えた。
勇も笑いながら
「ルキちゃん、そうだよ。春彦さんのお兄さんが夏月先生だよ」
と付け加えた。
伽羅は頷き
「そうそう、KING直彦さんだから。それにしても君すっごく可愛いねぇ! TGU10の応援するから頑張って!」
とグッドマークの合図を送った。
ルキは伽羅を見て
「……私、こう見えてもチャラ男好きじゃないので」
と返した。
伽羅はガクッと崩れ落ちた。
「俺? やっぱり俺か? あの時も」
勇は伽羅の肩を軽く撫でると
「ちょっとチャラいだけなんだよ。きっとちゃんとチャラ君の良さ気付いてくれる人いるよ」
と憐れみを含んだ目で見た。
春彦は「ゆうちゃん、慰めるならちゃんと慰めた方が良い」と言い、ルキを見ると
「伽羅は良い奴だから安心してほしい。取り合えず家にどうぞ」
と誘うように歩き出した。
ルキは頷きチラリと伽羅を一瞥し
「はっきり言ってごめん。でも親しそうに近付いてきて騙す奴いるから」
と勇を見ると
「勇ちゃんもごめんね」
と頭を少し下げて足を踏み出した。
勇は首を振ると
「大丈夫だよ。チャラ男君も優しいから気にしてないよ」
と答えた。
伽羅は立ち上がると
「そうそう、慣れてるから大丈夫」
と笑い、足を進めた。
マンションでは直彦が部屋から4人が入ってくるのを見計らって姿を見せた。
ルキは感激しながら直彦と挨拶を交わし、持ってきた一輪挿しの恋人の初版本とソロセレモニーという最新本にサインをもらうとリビングで春彦たちと話を始めた。
春彦は隆からもらった例のレッスン写真を見せ
「この青年のこと知ってるかな?」
と問いかけた。
ルキは嫌そうに顔を顰めると
「知ってます。多田誠司。ここのダンススクールの講師の息子でショウカとグルの嫌な奴」
と告げた。
「この前、ユリエちゃんのお姉さんも同じこと聞きに来たけど……その、やっぱり何かあったの? 何か分かったの? 勇ちゃん、何か知ってるの?」
と、立て続けに問いかけた。
勇は真剣な目を向けられ、ちらりと春彦を見た。
春彦は険しい表情を浮かべ少し考えると
「その、苗字は違うけど……お姉さんって人もしかして……この人?」
と携帯を出して絵を見せた。
伽羅が描いた平水万里江の絵である。
ルキは頷き
「そう、ユリエちゃんの異母姉妹のお姉さんなの。でも仲が良くてね。私とユリエちゃんとシュリちゃんの三人でデビューした後でいつか曲書いてもらおうって言ってくれてたほどで」
と俯き
「ユリエちゃんがあんなことにならなかったら三人でデビューするはずだったんだ」
なのに、と勇を見ると
「ユリエちゃんは勇ちゃんと少し似てて明るくて強くて、絶対自殺するような子じゃなかったし……私、この二人が何かしたのかも思ってたんだ」
と呟いた。
春彦は彼女をちらりと見て
「それは何故? ショウカって子と君たちは仲が良くなかったとか?」
と問いかけた。
ルキは少し考えると
「ショウカはとにかく何でも自分が一番でなきゃイヤってタイプで私たちがデビューするって話が出てきた途端に嫌がらせが激しくなったの。このショウカと話してる男。こいつダンススクールの講師の息子で多田誠司って言うんだけど、ダンスを教えるってレッスン後に誘ってきて……その、変なことしようとしたの。それもショウカの差し金だったの」
と息を吐き出し
「その時、偶々夏月先生の本をカバンに入れていてそれで思いっきり殴って逃げた。二冊ほど入れてたから効いたみたい。シュリちゃんにも言い寄っていたらしいし」
ユリエちゃんにもきっと近付いていたと思う、と告げた。
春彦と伽羅は同時に直彦のハードカバーの分厚い本を思い出し
「「二冊……か」」
と呟いた。
伽羅はルキを見ると
「直彦さんが君を守ってくれたんだ。本当にごめんね。俺の態度がそれを思い出させたんだね」
と苦く笑みを浮かべた。
ルキは首を振ると
「私の方こそごめんなさい。みんながみんなそうじゃないってわかっているけど……ごめんなさい」
と頭を下げた。
伽羅は「そんなことないさ」と笑み
「俺は大丈夫! 気にしないで良いよ。それより平水さんが聞きにきてなんて言ってたんだ?」
と聞いた。
ルキは思い出しながら
「うん、この多田誠司の写真を見せられて知っているか? ってことと、ユリエちゃんが亡くなる前の日のこと聞かれた。あとショウカのことも……だから、ダンススクールの講師の息子だってこととショウカの彼氏って言ったけど」
その私やシュリちゃんにしようとしたことは言わなかったわ、と告げた。
春彦は立ち上がると
「聞いて来たってことは……急がないと事態はもう動き出してる可能性が高い」
と言い、ルキを見ると
「平水さんの家を知ってる?」
と聞いた。
ルキは戸惑いつつ頷き
「はい」
と答えた。
勇は春彦を見て
「今から行こう……止めないとだめだよ」
と告げた。
「せっかくチャラ君が教えてくれたんだよ」
手遅れになったらダメだよ
伽羅も立ち上がりルキを見ると
「君には辛い話になるかもしれないけど……手伝ってくれる? 俺は彼女を止めてあげたいと思ってる。きっとそのために夢でつながったと思うからさ。もしかしたら、誰かの止めてほしい思いが俺の夢に繋がったのかもしれないから」
と微笑んで手を差し伸べた。
ルキは伽羅を見つめ
「よくわからないけど……わかった」
と微笑み
「私もユリエちゃん好きだったし」
お姉さんも良い人だから、と伽羅の手を掴んだ。
春彦は直彦の部屋の戸を開けると
「直兄、行ってくる」
と告げた。
直彦は窓際に立ちながら振り向き
「わかった」
と答え
「小説でも……そうなんだが、ただの正論だけで人の心は動かせない。忘れるな。止めるために動くなら完全に止めろ」
と頷いた。
春彦は頷き
「わかった」
と返し、マンションを後にした。
その夜は温かく……固い桜の蕾もゆっくりと解れはじめていた。
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