リバースプロキシ 桜の下で 3
春彦が帰宅する頃には陽が落ちて夜の闇が町に降り注いでいた。
伽羅も自宅に電話すると春彦の家に泊まることを伝え、共に戻った。
「お邪魔します」
響く声に家にいた直彦が姿を見せ
「お帰り、今日の夕飯は冷蔵庫のをチンしてくれ」
と告げた。
「出来てから呼んでくれ」
それに春彦が
「わかった」
と答え
「隆さん来たんだ」
と呟いた。
直彦はふっと笑うと
「俺が飯作った方が良いか?」
とチラリと二人を見た。
春彦は「キッチンを破壊されたら困る」と答え
「隆さんに感謝してるだけ」
と付け加えた。
直彦はあっさり
「隆は良くできた編集者だからな」
と笑いながら言い、自室の戸を開けた。
春彦は不意に足を止めると
「あ、後で隆さんに調べてもらいたいことできるかも」
と告げた。
平水万里江の事である。
自分たちに対する態度や勇に対する態度。
桜に近付かないのに桜の下に死体を埋める。
そこにあるモノを調べる必要があると感じたからだ。
直彦は背中を向けたまま
「わかった」
と答え、扉を閉めた。
春彦は台所へと向かうと兄の直彦の言った通りに準備されている三人分のワンプレートのハンバーグ料理を取り出し電子レンジで温めた。
三日後、あっさりと春彦の想定を全否定された。
平水万里江のことである。
直彦の優秀な編集者は翌日に春彦の話を聞いて彼女のことを調べ、早々に結果を持ってきてくれたのである。
直彦の編集者である津村隆は書類を春彦に渡しながら
「彼女が事件にあったこともないし彼女の家族……平水夫妻も極々普通の金持ちだったな」
トラブルを抱えている話もない、と告げた。
春彦は腕を組み
「俺は彼女の過去に何かあったと思ったんだけど……」
と呟いた。
隆はネタを溜めるためかペンを走らせながら
「まあ、サスペンスなら弾みで死なせた被害者を分かりにくい場所に埋めるためにそうするっていうのは常套ネタだと思うが」
と呟いた。
直彦はハァ~と力なく溜息を零し
「桜が嫌いで遠回りのビル群の裏手を通る人間が弾みで人を死なせた混乱状態でわざわざそんな場所をセレクトする理由がわからんわ」
とぼやいた。
「桜が嫌い」
だがそれを押しても桜の下に埋める
「そこには強い意思が働いているとしか思えんな」
直彦は春彦をチラリとみて
「春彦、お前だったら嫌いな桜の下に埋めるとして……どの桜でも良いのか? だったら反対にどこでも良いのと同じだと思わないか?」
と告げ、横目で隆を一瞥すると
「料理の腕と情報収集の腕は超一流なのに……」
と溜息を零しながら立ち上がり自室へと向かった。
春彦は直彦と共に立ち去りかけた隆に
「隆さん、ありがとうございます」
と呼びかけた。
隆はふっと笑うと
「これも直彦に小説を書いてもらうための一寸したサービスだからな」
と答え、立ち去った。
伽羅は「直彦さんってKING」と呟き春彦の方へ目を向けた。
春彦は腕を組むと伽羅を見て
「埋められていた男の顔も描いたか?」
と聞いた。
伽羅は頷き
「ああ、LINEに投げた」
と答えた。
春彦はLINEを起動して画像を落とすと
「じゃ、捜査第二段だな」
と言い
「直兄の言う通りにあの桜の場所にこの人物を埋めることに意味があるとするなら今度はそこから調べた方が良いな」
と立ち上がった。
「彼女が大学三回生なら21歳。図書館で21年間あの桜のところで事件がなかったかを調べる」
伽羅は「了解」と答えた。
瞬間、春彦は彼を見て
「だが、俺は将来SE目指してるからな! 忘れるなよ!」
とビシッと指を差した。
伽羅はギョッと驚いて目を見開くと
「へ? 今ここでそれいう?」
と内心突っ込みつつ
「わかった、けど……俺にはお前しかいないから」
愛してるぜ、春彦、とビシッと指を差し返した。
二人は図書館へと出向き、四辻橋で起きた事件を調べた。
図書館の新聞のデータベースで『四辻橋 事件 事故』をキーワードにである。
ところが、桜の名所の一つだけあって事件と事故の数は少なくはなかった。
しかも平水という名前もなく男の写真が載っている事件もなかった。
春彦はそれらの記事を一つ一つ見ながら
「多いのは車の事故だな」
それに
「花見客が川に落ちるとか……飛び込むとか、か」
と呟いた。
伽羅も目を擦りながら
「自殺もあるな。けど死んだら絶対にダメ!」
と呟いた。
春彦は横から覗き込みながら
「ゲーセンで万引きして逃げてる最中の男子高生に雑誌モデルの女子中学生か、多いな」
と呟いた。
ただ、どれも平水という名前ではない。
春彦は腕を組み
「取り合えず印刷して一つ一つ細かく調べていくしかないか」
と唸った。
二人は記事を印刷して持ち帰り情報を精査することにした。
が、マンションの前に勇が立っていたのである。
「春彦さんにチャラ男君」
やっぽー
春彦は慌てて駆け寄ると
「ゆうちゃん、学校は?」
と問いかけた。
平日である。
勇はにっこり笑うと
「今日は撮りの日だったんだよ」
と言い
「はい、お土産」
と東糖製菓のチョコ菓子がパンパンに入った紙袋を差しだした。
「直彦さんもチョコ好きでしょ? チャラ男君も食べていいよ」
伽羅は両手を合わせると
「ありがとうございます」
ゆうちゃん、やっさしー! と笑った。
春彦は受け取りながら
「あ、そうか」
と呟き
「学院でも大学の彼女がゆうちゃんを知っていたのは……もしかしてこういうことか」
と袋を見た。
彼女は雑誌やCMなどで時々モデルをしている。
所謂、有名人である。
春彦は不意に紙袋を伽羅に渡すと鞄から先ほど印刷した紙を取り出した。
「ゆうちゃんと俺達に対するあの時の態度……モデル……あの桜……」
多数ある事件や事故の中で類似する状況のものがある。
春彦は小さな片隅に載っていた記事を目に
「雑誌モデルの女子中学生の自殺」
と呟いた。
そして、彼女の手を掴むと
「サンキュ、ゆうちゃん。おいで、直兄もチョコ喜ぶ」
と自宅へと急いだ。
夢が実際になる前に。
ただの夢で終わるように。
その時が来る前に事件を解決しなければならない。
春彦は家に戻ると直彦にチョコの袋を渡し
「隆さんを呼んでくれ、急いで」
と告げた。
直彦は驚きながらチョコの袋を受け取り
「……わかったが……何故……チョコなんだ?」
と思いつつも、前を通りすぎていく三人を見送り携帯を手にした。
「隆、直ぐ来い」
その一言で彼が姿を見せたのは30分後であった。
春彦は問題の桜の木で首をつって自殺した女子中学生の記事を見せて
「この記事の詳しい情報を教えてもらいたい」
と告げた。
「当時の関係者……彼女の周囲の人間関係とか、プロダクションとかも含めて全部。出来れば警察の当時の調書もあると助かるけど」
隆はふぅと息を吐きだすと直彦が持っていた袋からチョコを一つ手に取り
「直彦、これくらいの駄賃はもらうからな」
と告げた。
直彦はニッと笑うと
「次の新作も、な」
と答えた。
隆は「明日の夜には持ってくる」というと立ち去り、翌日の夕刻に約束通り姿を見せた。
その情報には警察での事情聴取などもきっちり含まれていた。
彼が言うには「蛇の道は蛇」という事らしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます