第14話
「はぁ・・・緊張した・・・」
ヘリオが帰ってから、再びリビングの椅子に着いたディオはぐだっと脱力していた。
「自分のおじい様相手に何を緊張するのよ~」
「・・・。」このお天気頭め・・・・。
「しかし親父もなかなか素直じゃないな。こんなものを用意していたなんて、相当ディオを気にかけているようだな。」
わはは、とヴォルが愉快そうに笑った。
“こんなもの”とはヘリオがディオに渡した贈り物の事だろう。
「そうねぇ、私も初めて見たわ~。何が作れるのかワクワクしちゃうけど、失敗できないし気軽に手を出せる代物じゃないわね~。」
「嬉しいけど気が引けるよ・・・」
「その必要はないだろう。お前のためのプレゼントなんだから、素直に受け取ればいい。」
・・・とは言ってもSSSランクのアイテムなんて初めてみた・・・。SSランクもだけど・・・。
加護のおかげで大怪我したり状態異常になることは無いんだけど・・・じいちゃんはそれを知らないし・・・。身に着けてこそ効果が発揮するみたいだし、持ってた方が良いんだろうけど、これ他人に見られても良いものなんかな・・・。
ディオがヘリオからの贈り物に悶々と悩んでいると、
――― ドンドン! と扉を叩く音がして、返事を待たずしてマックスが入ってきた。
「ディオ!誕生日おめでとう!おお?ヴォルじゃねえか!久しぶりだな!」
「マックスか。久しいな。冒険者を辞めたと聞いたが、元気そうで何よりだ。」
「はは、今は馭者として城下町と村を毎日行ったり来たりさ。冒険者の頃と比べたら危険もないしな。」
へぇ、二人は仲良かったんだな・・・。とぼーっと二人を見ていると、
「何してんだディオ、さっさとこっち来い!」とマックスに腕を引っ張られて外に出ることに。
「な、なにこれ・・・」
外に出ると、家の前に村のみんなと、村の男性陣が担いでいる、神輿。
「「ディオ!誕生日おめでとう~!!」」
村のみんなが声を揃えて祝ってくれた。みんながニコニコと今日の日を待ってましたと言わんばかりの笑顔だ。
「さ、行くぞ!」
「行くぞって・・・うおっ!」
マックスに担がれて、神輿の上に乗せられた。
「ちょ、待っ・・・!」
「よ~し、行くぞー!」
神輿に乗せられたディオ。
ルルカとヴォルは微笑ましそうにニコニコと見守っている。
いやいや、神輿て・・・!
MI・KO・SHI・・・・!!
これは恥ずい・・・!!精神年齢おっさんの俺が・・・!
誕生日のお祝いに神輿に乗せられてわっしょいわっしょい・・・!
ディオは赤面した顔で俯いて恥ずかしさを堪えていた。
村の中心まで着くと、神輿は台座に乗せられ、ディオはそのまま乗っていた。
一体何なんだ・・・これが祝いの儀式なのか~・・・?
丸太で井桁組みで作った土台、あれは御火焚(おひたき)の土台だろうか。組木に枝葉などを投げ込んで火をつけると、狐の半面を着けた村人たちがひらひらと衣をまとって神輿を中心に舞いだした。その姿はまるで狐がぴょんぴょんと跳ねて喜びを表しているようだった。
その姿に見入っていると、同じく狐の半面を着けた村人が村で採れた農作物で作ったであろう食物を三方(さんぼう)に綺麗に積み重ねて神輿に乗るディオに捧げるように渡してきた。半面で顔が隠れているが、恐らく村長のエンリットだ。
「ありがとう、村長」
エンリットは半面をずらして優しく笑った。
見た目はふかふかの白いパンのような饅頭のような、一つ手に取り、一口あむっと食べてみると、中には野菜やらがぎっしりと詰まっていた。
うん、うまい。前世で言うおやきに近いのかもしれない。
一つ食べると、もっと食べるよう促すように三方をディオに向けてきた。
え、もっと食うの・・・?まぁ美味しいし・・・
と、もう一つを手に取り、口に運んだ。今度は中身が肉のようだ。これもうまい。
半面の狐たちの舞が終わると、同じく狐の半面を着けた一人の男性が木剣を持って神輿の前で剣武を披露し始めた。
恐らくエンリケだ。素晴らしい剣武だ。隙のない構えに剣捌き。すごいな、勉強になる。
剣武に見入っていると、今度は盃を渡された。受け取るとトクトクトクと何かが注がれた。久しぶりのアルコールの匂い。恐らく酒だろう。この世界では成人の儀式と言っても過言ではない祭りだ。
酒はまだ禁止じゃなかったか?
ちらりと狐面のエンリットを見たが、ニコニコとして意思が読み取れない。
・・・儀式だからか?
不思議に思いながらも両手で盃を持ち、ゆっくり飲み干した。
久しぶりに酒を飲んで大丈夫かと思ったが、幸いにも度数は高くないようだ。
「口をつけるだけでよいのじゃぞ」と空になった盃を受け取りながらエンリットが言った。
そういうの先に言おうよ!!と心の中で盛大に突っ込んだ。
チラと視界の端にルルカとヴォルが見えた。二人とも幸せそうに見つめている。
両親のその姿を見て、ディオ自身も胸が温かくなった。
両親だけでない、この村全体で俺の誕生日を祝ってくれてる。まぁ誕生日にかこつけて騒ぎたいだけなのかもしれないが、それでも舞を踊り、剣武を魅せ、供物のように食事を出してくれる。
この村で生まれ育ち、もう10年の月日が流れた。村の人たちはみんな良い人ばかりだ。良くしてもらった。
感謝しよう。これまでを。この瞬間を。
舞と剣舞が終わり、盃を空けたのを皮切りに、村の人々は狐面を炎の中に投げ入れ、歌を歌う者、楽器を弾く者、音楽に合わせて踊る者たち、酒を飲む者たちと本格的にお祭り騒ぎになった。
「ディオ、改めておめでとう。」
ルルカとヴォルが神輿の前まで来て言った。手には恐らく祝い酒であろう飲み物を持っていた。
「ありがとう。こんなに祝ってもらえるなんて。・・・ところでまだ神輿(これ)に乗ってなきゃダメなのかな・・・?」
「ふふ、宣誓をするまでは降りれないわよ。」
「せ、宣誓?」
初耳ですけど・・・スポーツマンシップとかの宣誓しか知らないぞ・・・。
「ディオ、三方に積まれた食事は全て食べるのが慣例だぞ、残すなよ」
「ええ?!全部?!」
本当にフードファイトしなきゃいけないのか?!
「わはは、冗談だ!だができるだけ残さないように食べるのは本当だ。全てお前のために作られたものだからな。」
ヴォルは豪快に笑い、ルルカも声を出して笑った。
日も暮れ、炎の光が目立つようになってきたとき、村中に飾られた提灯にも火が灯され始めた。
すべての提灯に火が灯された時、エンリットが大きく手をパン!パン!と二回手を叩いた。
合図とともに村人たちは話や踊りを止め、静まり返った頃、エンリットが全員に聞こえるように声を張り上げ話し始めた。
「今日、この村で新たに自分の世界を開く者が出た。」
エンリットはディオの方へ手を伸ばし、ディオに注目を集めた。
「ディオール・ブレイグ。10歳を祝い、そなたのこれからに祝福を!」
エンリットが言い終わるや否や、村中から拍手やら祝いの言葉や指笛が鳴った。
そしてまた静まった頃、エンリットがディオの神輿に近付き、「ディオ、宣誓の言葉を」と言った。
「ちょっと村長・・・!何言えばいいの!」さすがのディオも焦って小声でエンリットに助けを求めた。
「なぁに、これからどうしたいのか言えばいいだけじゃ」ふふっとエンリットも小声で返した。
村人の視線が神輿の上のディオに集まっている。
なにこれ~!!クッソ恥ずかしい!!前世でもこんなに注目浴びたことない!!
ディオが耳を赤くして焦っているのを、離れたところからルルカとヴォルがくすくすと笑っているのが見えてディオは恥ずかしがりながらも少しイラっとした。
あの二人俺が焦ってるの見たかっただけだろ・・・!
「えっと・・・ディオールです。」
いつまでも待たせてはいけないと思い口にしたのは自分の名前だった。「知ってるぞー!」と笑い声がちらほら。
「俺は・・・ずっと村で暮らしてきました。今の暮らしに不満もありません。・・・でも最近、それだけじゃダメなんじゃないかと思うようになって・・・」
何を話したらいいかなんてわからない。ただ、素直な今の気持ちを伝えようと思った。
「村の外の世界を知る事、それが今の俺に必要な事だと思いました。・・・だから俺は、アカデミーに行きます!」
ディオが言い放つと、村中から拍手やら「頑張れよー!」という応援の声や、「お前ならできるぞ!」と言った励ましの言葉が飛び交った。
「さあディオ、降りて御火焚にこれを。」
エンリットから中に何か液体が入った、小瓶を渡された。
「村長・・・これ何・・・というか、ちょっと待って、足痺れてる・・・」
ディオが悶える姿を見て、はははとエンリットは笑った。
「毎回皆そうなる。だがこれをせねば、儀式を終えられん。中身は聖水じゃ。口に含み、炎に向け吹きかけるのじゃ。」
なんだそりゃ・・・何の意味が・・・というか痺れてそこまで歩けない・・・!
ディオは痺れを我慢しながらゆっくりと神輿を降り、御火焚の方へ歩いた。
「ぷっ」という吹き出す笑い声の方を見ると、笑いを堪える我が母・・・!母さんめ・・・後で見てろよ・・・!
何とか御火焚の前まで辿り着くと、小瓶を開け中身を口に含み、ぶーっと吹きかけた。
すると、御火焚の炎がより一層ゴォォッと勢いを増し、炎の色が青く変わった。
「わぁ・・・」
炎の色が青色に変わった時、村人の歓声が聞こえた。
「・・・?!」
「まさか青色の炎とは・・・」後ろからエンリットが炎を見つめながら近づいてきた。
「青色だとまずいの・・・?」
「その逆じゃ。変わる色が炎の赤から遠ければ遠い程、当人のこれからが良きものになると言われている。」
エンリットはそれは優しい顔で微笑んだ。
「ディオール・ブレイグ。そなたのこれからは、心配することなく良きものになりそうだ。」
エンリットのその言葉にディオも嬉しそうに笑った。
御火焚の炎が元に戻っても、儀式が終わっても、村人たちは祭りを楽しみ、夜が更けていった。
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