第13話


 翌日。ディオはいつも通りの時間に目を覚ました。

「ん・・・」


 ふと隣のベッドを見ると、ルルカの姿はない。

「早起き、したのかな・・・」

 寝ぼけ眼を擦りながら、寝巻を着替え、リビングに向かった。


「おう、起きたかディオ。」

「おはようディオ!」

 一瞬、父がリビングに居ることが違和感過ぎてびっくりしたが、昨日の出来事を思い出し気を取り直した。

「おはよう、父さん、母さん。」


 ディオが顔を洗っていると、

「ディオ、今日は畑仕事しなくていいからね。」と朝食を作りながらルルカが声をかけた。

「え?」

「今日はお祭りなんだから!」心底嬉しそうにふわっとルルカは笑った。


 ヴォルとルルカが目配せをし、

「ディオ、誕生日おめでとう」

 二人合わせて言った。


「あ、りがとう・・・」

 面と言われると恥ずかしい。本来10歳の子どもならば、もっと喜ぶところだろう。

 しかし前世の記憶を持つディオは精神年齢が高い。


 両親揃って誕生日を祝ってくれるのが照れ臭い。ディオの頬が赤く染まる。

「やだ!ディオが赤くなってる!可愛い~!!」

「はは、子どもらしさがある方が安心する。お前はどこか達観しているからな。」

 父の感は鋭い・・・。


「朝ごはんできたわよ~!」とルルカが食卓に並べた食事はいつものパンとスープに比べるとだいぶ豪華だ。

「朝から豪華だね・・・」

 いつものパンとスープに加え、ローストラビットとでも言うのか、一角兎の丸焼きがテーブルの真ん中に置かれた。スープもいつもより具沢山だ。


 朝から重いような気もするが・・・。

「何言ってるの!本当はもっと作りたかったけど抑えたのに!」

「今日は村で死ぬほど食わされるぞ」とヴォルが笑った。


 えー・・・俺大食いキャラじゃないんだけどなぁ・・・。いや、食べるのは好きだけど。

 前世、腹を空かせたまま、コンビニ弁当の余りを心配していた時に比べたら贅沢な悩みだよな・・・。


 7年ぶりとなる、ディオにはほぼ記憶にない親子3人が揃った食卓。

「いただきます」と手を合わせそれぞれ食事を始めた。

「うん、母さん、これ美味しいよ。」一角兎のローストを切り分けて一口食べると、ジューシーだがあっさりとしている旨味が口に広がった。朝から食べても胃もたれしなさそうだ。

「うん、うまいな」

「二人に褒められて嬉しい~」ルルカは頬に手を当ててくねくねと身体で喜びを表現していた。


「そういえば今日って何するの?」

 食事を摂りつつ、ディオが尋ねた。

「ふふ、そのうち迎えが来るから、その時までディオは家でのんびりしてればいいのよ」

「えー・・・」なんか逆に怖いよ・・・。

「お前の祝いの席なんだから楽しめばいいんだ」ヴォルはまた豪快に笑った。

 そうして雑談をしながら記憶では初めての親子3人での食事を終えた。


 食べた食器を片付けている時だった。


――――――ゴォォオオオッ と轟音が響いた。


「?!」

「来たか。」何の音かと身構えるディオとは反対に、ヴォルには轟音の正体がわかっているようだった。

「ディオ、おじい様よ!きっと!」

 ルルカに手を引かれて家の裏口から外に出ると、そこには父に似た大きなブルードラゴンが一匹、翼を降ろしていた。


「じいちゃん・・・?」

 ふいにブルードラゴンがまばゆく光り、目を覆った。再び目を開けるとそこには、短いブロンドの髪をして、エンリットのように白いひげを蓄えた老人が一人、立っていた。

「人の姿は動きづらいな・・・」

 白いローブを纏ったその老人が地面に手をかざすと、ポウっと光り、杖が出現した。


「おじい様、いらっしゃい!」

「おう、ルルカか。・・・横にいるのはディオールか?」

 自分や父と同じ空色だが、猫のような縦長の瞳孔の瞳に見つめられて、ディオはびくりとした。

「・・・ディオールです」相手がドラゴンだと思うと、祖父というより緊張が勝ってしまう。


「やだー!ディオ!緊張しているの?お父さんのお父さんよ!」

 ルルカはいつもの調子で笑ってディオの背中をバシバシと叩いた。

 父さんの父さんってことはわかってるよ!と突っ込みたいが、祖父が放つ威圧に気圧されてしまっている。

「来たか、親父。」後ろから遅れてヴォルが顔を出した。

「ヴォルフフィード、これはどういう事だ。」

 祖父の瞳はディオを捕えたまま放さなかった。昨日父と会った時のように、固唾を飲む。


 ドラゴンという生き物は、前世でもファンタジーものでは当然のように出てくる、荘厳でとてつもない破壊力を持っているという描写で登場するのが定番だ。

 実際、父も祖父も、ただそこにいるだけで威圧を感じる。人間の姿になっても尚、変わらぬ威圧感。

 胸の鼓動が聞こえる。アーケールを前にした時のようだ。

「厄介な事になった。だがディオが何かしでかした訳じゃない。」

 中で話そうと、首を家の方へクイっと呼ぶように傾け、ヴォルが家の中へ招いた。


「して、ディオール。祝いの言葉がまだだったな。おめでとう。」

 リビングの食卓に着くや否や、祖父が言った。

「あ、ありがとうございます・・・。」

「我々長命種にとっては誕生日などという概念も希薄だが、人間にとっては重要なのだろう。お前の祖母も毎年よく祝えと脅してきたものだ。」

 脅・・?!ばあちゃんって一体どんな人だったんだ・・・。

「あはは、おばあ様らしいわね。」飲み物を出しながら、ルルカが笑った。

「あの人は別格だろう・・・」とヴォルも苦笑した。


 ズズっと出されたお茶を啜り、コトンとコップをテーブルに置いて一息。

「で、どういう事なのか説明しろ、ヴォルフフィード」

「まぁ待ってくれ。ディオが委縮している。ディオにとっては親父は初対面も同然なんだ。俺ですら忘れられてたからな。」

 ははは、と豪快に笑う父と、くすくすと笑う母に挟まれ、何となく居心地が悪い・・・。

 別に忘れてたってしょうがなくないか・・・3歳にあったのが最後で7年ぶりって・・・。心の中でディオは文句を言ってみた。


「短命種は時が経つのが早く感じると言うからな。ふむ。」

 再び祖父の猫目の瞳がディオを捕える。

「私はヘリオネシア・ルミーニ。ブルードラゴン、アーケール・ルミーニ様の末裔であり、お前の祖父でもある。」

 ・・・アーケールの末裔?俺もアーケールの子孫って事か。

「私は人里に滅多に降りないからな、ここに来たのもお前が生まれた時以来だ。」

 それは覚えてる訳ないよ・・・。と心の中で苦笑した。

 ディオがあからさまにヘリオから視線を逸らしお茶を啜っていると、ヴォルが話始めた。


「親父、ディオはアーケール様から直接、権能の一部をいただいたらしい。そして盟友の誓いも受けている。」

「・・・・・どうゆう事だ。」

 ヴォルは昨日ディオから説明を聞いた通りに、洞窟での事のあらましをヘリオに説明した。

 ヴォルの説明を黙って聞き、聞き終えると再びその猫目のような縦長の瞳孔をした瞳でディオを見つめた。


「・・・・・ふむ。理解はした。確かに厄介な事が起きているのかも知れんな。・・・なるほど、アーケール様の気配を感じたのは、孵化された事と権能の一部をディオールに授けてくださったからなのだな。」

「親父。ディオはアカデミーに行く。その間だけでも俺は村に残って森と洞窟を調べようと思う。里の事は任せて良いか。」

「任せるも何も、族長はまだ私だ。私も調べられるだけの事はやろう。」そういうとヘリオは席を立った。


「なんだ、もう行くのか?」

「ええ、もっとゆっくりなさっていけば良いのに!」

「アーケール様の気配を確かめるのと、ディオールの祝いに来ただけだからな。ディオール、こちらへ。」

 緊張しながらもディオはヘリオの方へと近づいた。

 目の前に立つと、またもや同じ空色の、猫目の瞳がじっと見つめてくる。

 ヘリオはしばらくディオの瞳を見つめた後、「手を出しなさい」と言った。

 ディオは緊張しながらも言われた通りに両手を出すと、ヘリオはローブの中から取り出した小さな木箱をその手の上に置いた。

「誕生日プレゼントとやらだ。誕生日には絶対必要なのであろう?そして今日は特段大切な誕生日と聞いた。」

「あ、ありがとうございます。・・・開けても良いですか?」

「もちろんだとも。」


 受け取った小箱をそっと開けてみると、

「鱗と・・・爪・・・?」鮮やかな青い鱗と、濁りのない真っ黒な爪らしきものが入っていた。

「まぁ!立派な贈り物をいただいたわね!おじい様、ありがとうございます!」

「へぇ、親父にしては随分気前が良い」ヴォルが笑った。

「孫の大切な誕生日に渡すにはちょうど良いだろう。」

ヘリオはあくまで冷静沈着な態度を取っているが、ヘリオからの贈り物はドラゴンの、ただの鱗ではなく、逆鱗。そして爪。どちらも欲しくても闇オークションにすら出回る事が滅多にないとても希少価値の高いものだ。

 ディオは少し気になってこっそりスキャンしたところ、


 ブルードラゴンの逆鱗:SSSランク 粉末にすると不老不死の原材料の一つになる。そのまま持っているだけでも身体能力、魔力強化、状態異常防止になる。どんな攻撃も逆鱗を貫通することは出来ない。

 ブルードラゴンの爪:SSランク 物理・魔法攻撃力増加、物理・魔法防御力増加、精神支配無効化


 と、とんでもない代物じゃないか・・・!!・・・・・まさか・・・じいちゃん、デレなの?ツンのデレなの?

 小箱を持ったまま、先ほどまでは威厳の塊でしか見えなかった祖父が急に隠れ孫デレに見えてきた。

「じ、じいちゃん!・・・ありがとう。」勇気を振り絞って感謝の意を伝えると、

 少しだけヘリオの瞳が優しくなったように見えた。


「じゃあ私はもう行くぞ。ヴォルフフィード、何かあればすぐに知らせろ。こちらもそうする。」

「ああ。悪いけど里のみんなにもよろしく。」

「おじい様ったら・・・すぐ帰っちゃうんだから・・・」

「人里は肌に合わんでな。ディオール、また会おう。」

 最後にヘリオはディオの頭をポンッと撫でると、またまばゆく光り、ドラゴンの姿に戻り空高く飛んで行った。


 一瞬の出来事だったが、祖父は決して自分の事を嫌っている訳ではない、むしろ隠れ孫デレだと分かったディオは、また胸がくすぐったくなって、笑った。


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