第12話


 見上げると、太陽を覆い隠すほど大きな影。

「ド、ドラゴン・・・!」


 大きな翼を広げた、澄んだ海を切り取ったようなドラゴンが、村の真上を飛んでいた。

 その巨躯にあっけを取られていると、瞬く間にその大きな影は小さくなり、ひゅるるると真っすぐに、ズドーンと轟音を立ててディオたちの目の前に影が落ちてきた。


 落ちてきた衝撃で土埃が舞っている中、誰かが立っているのが見える。


「ダァァァァリィィィィンっ!」

 ルルカが瞳をキラキラと輝かせて指を絡ませて煙の向こうの人影に叫んだ。


 ダーリン?!え?!ディオはルルカと煙の向こうの人影を交互に見た。


 土埃が落ち着いて人影がはっきりしてきた。

 黄金の髪に空色の瞳をした、精悍な顔つきをした男性が立っていた。その身体つきはマックスのように鍛え抜かれていて、そこかしこに傷跡が見えた。


「ヴォルフフィード、お前はいつもそう派手な登場しかできんのか」

 エンリケが土埃を腕で払いながら言った。

「わはは、すまんエンリケ。久しぶりに愛しい我が妻が見えたものでな。」

「ヴォルフフィード、元気そうで何よりじゃな」

「村長!村長も元気そうで何よりだ!」

「ダーリンおかえりぃぃぃ~!」とルルカが抱き着いた。

「ルル、愛しい妻よ!」とルルカを抱きしめ返したこの男性は・・・


「と、父さん・・・?」

 恐らくみんなの会話から、母の態度から、そして何より、自分と同じ色の瞳。

「ディオール!何と立派に育った事か!ルルの育て方が良いのかな」

 わはは、と豪快に笑う父は、わしゃわしゃと頭を撫でてきて、久しぶりに会うはずなのに、父の記憶何て朧気だったのに、何故だかすごく懐かしいような気持ちで胸が温かさで包まれた。


「私とダーリンの子だから!というかディオは天才なの!錬金術の加護も持ってたんだから!しかも私よりも上手いの!」

「ちょ、ちょっと母さん!」

 村のこんな目立った中で言わなくても・・・というか流石に親馬鹿が過ぎる。恥ずかしくなってくる。

「ほう?」

 ヴォルフフィードと呼ばれた男性、父はルルカを抱きしめたまま、ディオをじぃっと間近に見つめて来た。

「うん?ディオール・・・お前・・・アーケール様の気配を感じるぞ?」

 あ、権能の一部ってやつか?これ以上ここで騒ぎを起こしたくないな・・・。

「と、父さん!とりあえず家に帰ってからゆっくり話さない?」

「そうよダーリン!ゆっくり家で話しましょ~」

「準備は我々で済ませておくから、お前さんたちは久しぶりの再会をゆっくり味わってくれ」とエンリケが言ってくれた。

 ありがとう、とエンリットとエンリケに礼を伝えて、三人で家に帰った。


 戻るなり温室をディオが作ってくれたと褒めちぎり、採ってきた薬草を見せてはまたディオを褒めちぎった。

「はは、ディオール、ディオ。本当に立派に育ったんだな。あまり顔を見に来れなくて悪かったな。」

 父はまたディオの頭をわしゃわしゃと撫でた。なんだか毎日のようにルルカに褒められたりしているのに、父に頭を撫でられるとむず痒い気持ちになるのは何故だろう。


 家の中に入り、森で採ったハーブで作ったお茶を出した。

「おう。ありがとな。」にかっと父は笑った。

「ただのハーブ茶だけどね」照れくさくて父の顔が見れないディオとは対照的に、ヴォルフフィード、ヴォルはじぃっとディオを見つめていた。そしてそのヴォルをルルカはにんまりと見つめていた。


 明らかに何かこちらから言い出すのを待っている・・・恐らくと言うか十中八九アーケールの権能の事だろう・・・。

 というか父親がドラゴン?俺のステータスが『人間(亜)』となっていたのはこの所為か・・・。

 父親の真向かいに座ってハーブ茶を啜りながら、父親は見れずに目を泳がしながら考えていた。

「ディオ」

 痺れを切らしたようにヴォルが声をかけてきた。

「何・・・」ディオはいまだに目を合わせられない。自分と同じ色の瞳がこちらをじっと見ているのを感じる。

 ディオが何も言いだしたがらないのを察したのか、ヴォルは話の相手先をルルカに切り替えた。


「ルル、ディオには俺の事どのくらい話してる?」

「え?何も聞いてこなかったから特に何も話してないわね。あー、この前なんて、ディオったら父さんは生きてるのかーなんて言ってたんだから」あはははと大笑いしている母よ、そこは笑うところじゃないだろう・・・。

「なるほどなぁ。ルルから何も聞いてないのか。」わっはっはと笑う父・・・全く夫婦揃って・・・笑い事ではないだろう。


 ヴォルが再びディオに向かって座りなおした。ただそれだけの行動なのに、何故こんなに緊張するのか。

「ディオ。俺はヴォルフフィード・ブレイグ。お前の父親だ。最後にあったのはお前が3歳くらいの時だったか。だからまぁだいたい7年ぶりだな。俺の事を覚えていなくても仕方ない。」ヴォルはニカっと笑って言った。

「ディオ。俺はブルードラゴンのハーフだ。俺の母親・・・つまりお前のばあさんはとんでもない魔法使いでな、俺の親父を捕まえてペットにしようとしたくらい人間の中では突飛な人だった。」

「へ、へぇ・・・・」ドラゴンをペットにしようと思う人間の孫なのか俺は・・・。

「おばあ様はとってもすごい人だったのよ!」力説しようとするルルカをヴォルが制した。

「それで俺が生まれて、ルルと出会って、そしてお前が生まれた。だからお前はブルードラゴンの血を引いている。」

「クォーターって事・・・」

「そうだ。俺はハーフだからドラゴンの姿にもなれるし、こうやって人間の姿にもなれる。」

「俺はほとんど人間だからドラゴンの姿にはなれないの?」

「わからん。そう思っていた。だけどな、久しぶりに会って、お前から妙な気配を感じる。」

 ヴォルの口元は笑っているが、瞳は真っすぐにディオを捕えている。


 あくまでも俺から話を聞きたいって事なのか・・・。ディオは固唾を飲んだ。言うしかないよな、とそう覚悟を決めた時。


「ディオね、なんだかよく知らないけどアーケール様から権能の一部を授かったらしいのよ」と横からルルカがけろっと喋った。

「アーケール様の?!どういう事だ?!」

 ああ、順を追って説明したかったのに・・・この母は・・・。ヴォルが明らかに動揺している。

「と、父さん、ごめん、俺からちゃんと説明させて」

 洞窟であったことを改めて順を追って説明した。孵化させた事、盟友の誓いを受けたこと、そして権能の一部を貰った事。

「なかなか頭が追い付かん・・・。だが、親父がわざわざ来たがっていた理由がわかった。」

「え、おじい様来るの?」

「ああ、何故か急に一緒に行くと言い出してな・・・俺は一足先に来たが、明日には来るだろう。」

「人里にいらっしゃるなんて珍しい」ルルカが驚いてヴォルを見つめた。

「アーケール様の権能の力を感じたんだろう。まさか自分の孫だとは思うまい・・・」

 じいちゃん・・・って事はドラゴンなんだよな・・・。俺の方も理解が追い付かない・・・。ディオは額を押さえて悩んだ。

「まあ、ともかくだ。アーケール様の卵が瘴気に侵されていた事、卵が世界樹から移動された事、どちらも想像に難いが事実として起きてしまっている以上、一族としても詳しく調べる必要があるだろう。親父には俺から話そう。」

「わかった・・・」事の重大さは感じていたが、ヴォルの険しい雰囲気から空気が重く感じた。

「そんな暗い顔をするな。別にお前は悪くない。明日の主役がそんな顔してちゃダメだろう。」フッとヴォルは微笑んでディオを指で小突いた。


 ヴォルの笑顔は何だかむず痒くなる。

 ヴォルは父親だと自分の中の何かがそう告げているが、長らく会っていなかったからか、それとも長らく会っていなかったからこそなのか、何故だか気恥ずかしくて自分と同じ空色の瞳を見ることができない。


「ディオ。明日で10歳になる。お前はこれからどうしたいんだ?」

 来た。いつかは聞かれると思っていた。母さんに聞かれると思っていたけど、結局今日まで何も尋ねてくることはなかった。

 10歳。この世界では節目となる年齢だ。ルイはアカデミーに行くと言っていた。

 これまでは何も深く考えてこなかった。村での生活に不便はなかったし、森の探検は楽しい。


 でも。

 ルイを助けたこと。錬金術でポーションを作った事、通信石を作った事。自分の知識が増えれば増える程、世界が広がるような言葉に出来ないような感覚。

 もし、もっと知識を得たらどうなるのだろうか。今の生活に不満も不自由もない。でも、この好奇心は膨れるばかりだ。


 ここまで気持ちが高まっているのに、言葉にするのができないのは、母、ルルカが心配だからだ。

 アカデミーは全寮制のところがほとんどだ。ルイが行くと言っていた首都のアカデミーも全寮制だ。

 アカデミーに行ってしまえば、母はどうなる。城下町での診察に調合、ポーションの卸し、庭の畑仕事はどうなる。美しくて天真爛漫だが、そそっかしくて抜けている母は、親馬鹿なこの母は、一人でも大丈夫だろうか。

 子が親を心配するなんておかしいだろうか。それでも心配だった。


「ディオ、アカデミーに行きなさい」

 はっとして顔を上げた。まさか母から、ルルカから言われるなんて。凛とした新緑色をした瞳がこちらを見ていた。

 ディオの驚いた顔を見て、ルルカがふっと笑った。


「行きたいんでしょう?」

 寂しさを含んだような微笑みだった。

「・・・。」ここまで背中を押してもらっているのに、言葉が出てこない。


「ディオには可能性がたくさんある。私だけじゃあなたにすべてを教えられない。」

 ルルカが伏し目がちに、寂しそうに言った。

「ディオール。アカデミーに行ってこい。それが今できる、お前にとっての最善だろう。」

 ヴォルは真っすぐとした瞳でディオの瞳を見つめた。

 そして、ディオの視線ががルルカに向けられているのに気付いた。


「安心しろディオ。ルルは天才錬金術師だぞ?お前にはそそっかしい母親に見えるかもしれないが、我が子に心配されるほどやわじゃない。」

 何故わかったのかと、はっとヴォルを見ると、心配するなとその瞳が物語っていた。

「アーケール様の事もある。森を調べるのに俺もしばらくこの村に滞在する必要があるだろう。」

 父のその言葉にほっとするのも束の間、

「ええええええ!!!ダーリン家に帰ってきてくれるのぉおおお!?!?」

 ルルカの歓喜の声にじーんとした感慨深さも吹き飛んで床に転がった気分になった。


 ・・・まぁ、父さんがいるなら、母さんも大丈夫か。


「父さん、母さん、俺、アカデミーに行くよ。」

 ようやく言えた。しっかりと、自分の気持ちを言葉に出来た。

「もっと知りたいんだ。俺に何ができるのか。」


「やっと言ったわね。」

 ルルカがふっと微笑んだ。

「アカデミーに行きたいってずっと顔に書いてあったわよ。」

「ルル、お前ディオに心配かけすぎなんじゃないか?」わははとヴォルは笑った。

 もう!ダーリンたら!と顔を赤くしてヴォルに抗議するルルカを見て、ディオは胸の閊えが取れたように安堵感を覚えた。


「アカデミーに行くなら首都のアカデミーが良い。この国だけじゃない。他国からも人が来るほどだ。きっとお前にとってプラスになるだろう。」


 俺はこの世界の事を知らなすぎる。ならより見分を拡げられるところが良いだろう。

 ルイも首都のアカデミーに行くと言っていたし、一人でも顔なじみがいる方が安心だろう。


「わかった。首都のアカデミーに行く。けど、入学試験とか、大丈夫かな。ルイが一般座学とかあるとか言ってたし。」

 そのセリフを聞いて、ルルカとヴォルが笑い出した。


「ディオなら大丈夫!」

 二人揃って自信しかないと言わんばかりに言い切った。


「俺たちは二人とも首都のアカデミーの出だ。専攻は違ったがな。」

「え、父さんもアカデミー出身だったの? その、ドラゴンでも入れるの・・・?」

「もちろんだ。ラエルも同じアカデミーだぞ。ドワーフだってエルフだって獣人族だっている。」


 そういえばラエル、二人のキューピッドとか言ってたけど・・・同じアカデミーだったのか。


「それに一般座学は全部選択問題だから!勘でどうにかなるわ!」

 ルルカがぐっと親指を立ててウインクした。

 いや、勘て・・・。選択問題ならどうにかなるか・・・。少し安心だな。


「それじゃあ春の入学に向けて準備しなくてはな。」

 ヴォルがディオを見て、にかっと笑った。

「その前に明日の誕生日!ふふ。ディオ、今日は早く寝なさいね!明日のために!」

「誕生日のために早く寝るって・・・子どもじゃないんだから・・・。」


 はは、とヴォルが笑った。

「ディオ、明日は忙しいぞ。寝とけ。」

 この村にはディオと歳が近い子どもがいない為、10歳の祝いを見るのはとても幼い頃の、近所に住んでいた7つ離れた兄のような存在だった人の祝い以来だ。

 なんだか村中がお祭り騒ぎだった事くらいしか覚えていない。

 一体明日何をするって言うんだ・・・。


「じゃあ・・・先に寝るよ。」とディオは寝室に向かってベットにバフっと倒れ込んだ。

 はぁ・・・父さんはブルードラゴンのハーフ・・・じいちゃんはブルードラゴン。ばあちゃんはとんでもない魔女・・・。

 まぁ母さんも天才錬金術師だけど、母さんがあれほど尊敬しているってことは相当な魔女だったんだろう。


 ・・・・・。アカデミー、行くって言っちゃったな。とうとう。

 アカデミーってどんなところなんだろう・・・色んな種族が集まるって言ってたし、どんな人たちと出会うだろう・・・。


 ディオは色々と考えているうちに、眠りについた。



 ディオが眠った後、リビングではルルカとヴォルの二人が話し合っていた。

「ディオ、ずっとアカデミーに行きたそうだったの。でも何も言ってこなかった。」

 ルルカは飲み物が入ったマグカップを両手で持ち、水面を見つめながら言った。

「ルルが心配だったんだろう。あいつはお前に似て優しく育ったな。ありがとう、ルル。」

 隣に座るヴォルは、ぽんぽん、とルルカの頭を優しく撫でた。

「・・・・・っ!」

 ヴォルの優しい言葉と、ディオがアカデミーに行くと決まった事実に、ルルカの新緑の瞳から涙が零れた。

「なぁに、悲しい事じゃないんだ。俺もそばにいる。大丈夫さ。」

 ヴォルはルルカをふわりと抱き寄せ、ルルカが泣き止むまで、ぽんぽんと背中を叩いては宥めた。


 ルルの胸中はとても複雑なのだろう。

 そばにいれなかった俺とは違う。ずっとルルカはディオの成長を見てきたんだ。

 ルルの寂しさの原因の半分は、そばに居れなかった俺の責任でもあるな・・・。


 ヴォルはルルカを宥めながら、少しの自責の念を感じていた。


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